ファレイヌ2 第2話「キャンペーン作戦」 登場人物 椎野美佳 声優。黄金銃ファレイヌの所有者。 白いヘアバンドでキティセイバーに変身する。 エリナ 美佳のマネージャー。 ガイアール 中立の神 カライス 悪魔の使徒。 バフォメットの肉体となる人間を狙っている プロローグ 1990年6月4日。 午後7時、東京・丸越デパート本店の社長室では、社長の岩倉大 造が一日の仕事を終え、退社しようとしていた。 「専務、後のことは任せたぞ。明日は、午前中に経友会の松前さん と会うことになっているから、午後に出社する」 岩倉は秘書が用意したコートを着ながら、言った。 「承知しました」 専務は事務的な口調で言った。 「では、帰るぞ。たまには早く帰らないと、娘がうるさいからな」 岩倉は苦笑して言った。 社長室を出ると、秘書がドアの鍵をかけた。鍵は社長と秘書だけ が持っている。 3人は通路を歩いて、重役専用のエレベーターの前に来た。秘書 がボタンを押す。 「おっ、しまった」 岩倉が背広の胸ポケットを押さえ、はっとしたように言った。 「どうかなさいましたか」 秘書が尋ねる。 「机の上に手帳を置いてきたよ。ちょっと取ってくる」 「それでしたら、わたくしが参ります」 秘書がかってでるが、岩倉は手で断り、 「それぐらいわしが行くよ」 「しかし−−」 「待っててくれ」 岩倉はそう言うと、もと来た道を戻り、社長室へ行った。そして 、自分の鍵でドアを開け、中へ入る。 岩倉は電気を点け、机の上を見た。 「おお、あった、あった。こんなところにあるのに忘れるなんて、 わしもそろそろ年かな」 岩倉は手帳を手にすると、それを背広の胸ポケットにしまい込ん だ。 その時だった。 突然、社長室の電気が消えた。 「何だ?」 岩倉は一瞬、戸惑った。 「すみませんね。明るいところは苦手なもので」 部屋の隅にある観葉植物の置いてある方で男の声がした。 岩倉がそちらの方を見ると、窓の外からの明かりで、人影が見え る。 「だ、誰だ?」 岩倉は緊張した面もちで言った。 「私はカライスと言います。社長直々にお話がありましてね」 人影が前に進み出た。その男は金髪で黒い背広を着た男だった。 「話だと、ふざけるな。勝手に部屋に入ってきて、失礼にもほどが ある」 「失礼は承知の上ですよ。しかし、時間がないのでね」 「時間がない?」 「ええ。実はイベントを開いてもらいたいのですよ、6月6日にね 」 「イベント?何のイベントだ」 「そうですな、6月6日生まれの若い女性に限って、商品の半額セ ールを行ってもらいたい」 「ふざけるな、そんなくだらないことが出来るか!早く部屋を出ろ 、さもないと、警備員を呼ぶぞ」 岩倉がデスクの電話を取ろうとした。その時、カライスの目が青 く光る。 バシッ!!! 電話が突然、砕け散った。 「なっ……」 岩倉は愕然とした。 「私は暴力は嫌いですがね、刃向かう人間はもっと嫌いなんですよ 」 カライスがゆっくりと岩倉の方へ歩み寄る。 「よ、よせ、来るな」 岩倉は後ずさった。 「なぁに、恐がることはない。あなたの心を少しいじるだけですよ 」 カライスがそう言うと、彼の目が赤く光った。 「遅いですね、社長は」 エレベーターの前にいた専務が腕時計を見て、言った。 「私がちょっと見てきましょう」 秘書がそう言ったとき、岩倉が戻ってきた。 「社長、遅かったですね、手帳は見つかりましたか」 秘書の質問に岩倉は答えず、ただ無表情にこう言った。 「これからすぐに役員会を開く。至急、役員全員を会議室に集めろ 」 「え?」 突然のことに秘書も専務も戸惑った。「今、何と?」 「役員全員を今すぐ、会議室に集めろと言っておるのだ」 「一体、何をなさるのです」 「会議に決まってるだろ」 「しかし−−」 「早くしろ!!」 岩倉は恐ろしい形相で怒鳴った。 「しょ、承知しました」 秘書も専務も唖然としながらも、さっそく役員の呼び出しに向か うのだった。 1 老人 椎野美佳とエリナの朝の食卓。 美佳のアパートの部屋は1LKなので、寝るのも食べるのも同じ 場所。押入が狭いので、食事をするときはいつも布団は部屋の隅に たたんで積み上げて置き、部屋の真ん中に折り畳み式のテーブルを 置く。 美佳とエリナはテーブルを挟んで向かい合いに座り、卵焼きとし らすにご飯という貧しい朝食を取っていた。 「エリナ、今日のスケジュールは?」 美佳はご飯を食べながら、言った。 「今日は何もありません」 エリナは卵焼きを食べながら、答えた。 「週1本のラジオとアニメじゃ寂しいね」 美佳はぽつりと言った。 「美佳さんが次々とオーディションに落ちるんですもの、仕方ない ですわ」 エリナはそっけなく言った。 「でも、マネージャーなんだから、CMとかレポーターの仕事ぐら い取ってきてよ」 「最近はどこも事務所が幅を利かせて、フリーはなかなか採用して くれないんです」 エリナはお椀を置き、小さくため息を付いた。「特に美佳さんの 場合、デビューからフリーでしたので、プロダクションのつてもな いし、厳しいですよ」 「エリナ、最近、すごく現実的になってきたね」 「こんな生活をしていたら、そういう気にもなりますわ」 「確かに」 美佳はガクッと肩を落とした。 二人が話しているとき、床にほうり出されている白いヘアバンド がパアッと輝き始めた。しかし、美佳たちは全然、気づいていない 。 ヘアバンドの光の中から一人の老人が現れた。白髪で白いあごひ げを生やし、白い衣をまとった男である。 『我が力を託されし者よ、わしが中立の神ガイアールである』 老人は威厳のある口調で言った。 「−−いっそのこと、声優を廃業して、肉体労働にでも精を出そう かな」 「そちらの方が儲かるかもしれませんわ」 「でもなぁ、それじゃあ、今までの人生何だったんだってことにな らないかな」 美佳とエリナは全然老人に気づいていない。 『我が力を託されし者よ、わしが中立の神ガイアールである』 今度は少し声を大きくして、老人は言った。 「−−そんなことありませんわ。いろんな仕事を経験していけば、 それが演技に役立つかもしれないじゃないですか」 「そう言われればそうね、エリナ、いいこというじゃない」 「もしアルバイトをするなら、わたくしも協力しますわ」 エリナは笑顔で言った。 −−こいつら、全然、わしの話を聞いとらんな 老人は腹が立ってきた。 『コラッ!!!おまえら、わしの話を聞け!!』 老人は怒鳴りに近い声で言った。その声に美佳とエリナはびっく りして、老人の方を見た。 「へ、変なじじいがいる!!」 「あ、新手の覗き魔ですか……」 「け、警察に電話して、早く」 二人が勝手なことを言っていると、老人が再び大声で言った。 『わしは覗き魔でもじじいでもない。中立神ガイアールじゃ』 「ガイアール?」 その言葉にようやく二人は老人の方をじっと見るようになった。 『全く何と無礼な奴じゃ、おまえたちは』 老人は叱るように言った。 「あんた、何者?」 『何者って……おまえはわしの分身でありながら、わしのことを知 らんのか』 「知らないわよ」 『どうやら最初から話さねばならんらしいな』 「ちょっと待って」 『なんじゃ』 「食事しながら、聞いてもいい?」 『勝手にしろ』 「はあい」 美佳は元気に返事をした。 老人は呆れた顔をしながらも話し始めた。 『45億年前の話じゃ。地球はまだ形成されて間もない大気と海洋 だけの惑星じゃった。そこには早くから二つの自然生命体が存在し た。ダイモーンとディグレーじゃ。この二つは征服という本能的な 意識しか持たない生命体で、ディグレーは大気を司り、ダイモーン は大地を司った。二つは互いに敵対し、ディグレーは雨と風を起こ して、大地を海で埋め尽くそうとすれば、ダイモーンは逆にマグマ を噴出し、大地を隆起させ、海を埋め立て、これに対抗した。両者 の争いは数十億年にも及んだ。しかし、互いの力が衰えてくるに連 れ、彼らは自分に代わって戦いを行う生命を作り上げ、それに戦争 を代行させるようになった。だが、戦局は一進一退のまま、変わら ず、いつしか二つの神は、異次元に作った自分の世界に閉じこもり 、地球を自分の作り上げた生命体に任せるようになった。そうして 、時が流れ、やがて二つの神の代行戦争はやがて自然界の一つの機 能として食物連鎖にとって変わった。長きに渡り、地球を放ってお いた二つの神は地球がいつの間にか海と大陸が調和された世界にな っているのに驚き、改めて直接的な介入を行おうとするが、地球自 体も新たな神、即ちガイアールを作り上げ、その干渉を拒んだ。そ の後、地球の自然循環のバリヤーの中では力を発揮できないことを 知った二つの神は自分の作り上げた生命体を密かに送り込むことに よって、内部から崩壊させようとした。だが、それでは世界を滅ぼ すに至らず、ついに二つの神は自分の分身を地球に送り込んだ。そ の分身を地球の生命体の中で誕生させることによって、自然循環の バリヤーに対抗しようと言うものじゃ。それが即ちダイモーンの送 り出したバフォメットであり、ディグレーの送り出したラシフェー ルじゃ。わしはこれに対抗するため、戦士たるにふさわしい肉体と しておまえを選んだのじゃ。わかったか』 「わかったような、わからないような。要するに私はバフォメット とラシフェールを倒すために生まれたってわけ?」 『そうじゃ』 「嘘、そんなの聞いてないよ」 『当たり前じゃ。今、初めて話したのだからな』 「どうして今まで黙ってたの」 美佳がムッとした顔で言った。「私は今までさんざんわけもなく 狙われてきたのよ。その度に死にそうな目にあって、家族や友人も 何人も犠牲になったわ」 『本当ならまだ話さぬところじゃ』 「どういうこと」 『おまえはまだわしの分身としては不完全じゃからじゃ』 「不完全……」 『おまえはダイモーンの部下ケライノーを一年近く体に宿らせてい た。そのおかげでおまえは悪しき心と悪しき力を持つようになった 』 「悪しき心ってどういうことよ」 『悪しき心とは感情に流されること。悪しき力とはファレイヌを使 っていることじゃ。おまえはどんなときでもその場の感情で物事を 判断し、善悪の判断が付かない。かつ人間の時も変身した時も常に 自分の力ではなく、ファレイヌを使用している。いいか、美佳よ、 おまえは中立の神の使徒じゃ。そのおまえが邪悪な力で生み出され たファレイヌを使えば、どうなると思う』 「大きなお世話よ。ファレイヌは今まで私の命を守ってきてくれた 命の恩人よ。ガイアールの力なんかよりよっぽどいいわ」 『なんじゃと』 老人は美佳を睨み付ける。 「ガイアール様、何かご用があって、現れたのではないんですの? 」 エリナが二人の会話に割って入った。 『そうじゃ。一刻の猶予もならない事態が起こっておる』 「といいますと?」 『再びバフォメットが活動を始めた』 「ちょっと何とぼけたこと言ってんのよ。バフォメットは死んだの よ」 美佳が先程の怒りを残したまま、言った。 『バフォメットは死んではおらぬ。奴を倒せるのは神だけ。即ちお まえか、ラシフェールだけじゃ。無論、今のバフォメットはまだ弱 い存在じゃ。だが、バフォメットのしもべたちが新たな肉体とファ レイヌを捜して、飛び回っている』 「どうすればいいわけ?」 『奴等より早くファレイヌを見つけて処分し、さらには新たなバフ ォメットの肉体となるべき人間を見つけだし、始末するのじゃ』 「お断りよ」 『何』 「バフォメットの犠牲になるのは姉貴だけでたくさんだわ。バフォ メットの肉体となる人は捜すけど、殺すのはごめんよ」 『それが甘いというのじゃ』 老人が美佳を怒鳴りつける。 「まあまあ。それより、どうやったら他のファレイヌや肉体を探し 出せるんですの?」 エリナが尋ねた。 『このヘアバンドはダイモーン一族の気に近づくと、白い色から黒 に近づき、ラシフェール一族の気に近づくと、青に近づく。それで ファレイヌの場所を判断するのだ。ただし、くれぐれも言っておく が、このヘアバンドを奴等に奪われるなよ。おまえたちも見たよう にこの石は地球の生命エネルギーを大量に秘めており、バフォメッ トをも誕生させるエネルギーを持つ。もしこのヘアバンドがどちら かの手に渡れば、それこそ地球の崩壊を招くことになるのだ。よい な』 「わかりましたわ」 『では、わしはこれで消える。これ以上いれば、奴等におまえたち の居場所を教えることになるからな。最後に一つだけ言っておく。 美佳、わしの言ったこと、決して忘れるなよ。おまえがファレイヌ を使う限り、ガイアールの使徒にはなれん。言うなれば、バフォメ ットもラシフェールも殺せぬのじゃ』 「うるさい!!とっとと消えろ」 美佳は箸を老人に向かって、投げた。 『では、さらばしゃ』 老人はそう言うと、すうっと消え、ヘアバンドから発せられた光 も消えた。 「言ってしまいましたね。あの人が神だと言われてもまだぴんとき ませんけど」 エリナはヘアバンドを拾い上げて言った。 「私は神だなんて思ってないわ。いきなり、現れてさ、図々しく人 に指図して!」 美佳は憤懣やるかたない様子で言った。 「美佳さん、随分嫌ってるんですね。でも、あのお爺さまの言って ることは嘘ではないと思うんですけど」 「そんなことわかってるわよ。けど、俺は神なんだと言うあの偉そ うな態度が私には気にくわないのよ。何でもわかったような顔しち ゃってさ。神ってのはみんなああなのかしら」 美佳はその場に寝そべった。 「さあ、どうでしょうね。わたくしには、そんなに悪い方には見え ませんでしたけど」 エリナはテーブルの上の食器を台所へ運んだ。 「エリナは誰でもいい人って言うのね。いつか男に騙されて、借金 させられるわよ」 美佳は台所で洗い物をするエリナの背中を見ながら言った。 「そうなったら、疑り深い美佳さんに助けてもらいますわ」 「へーんだ、それはわからないわよ。私はこれでも他人に厳しいん だから」 美佳はからかうように言った。 「ねえ、美佳さん」 エリナが振り返って、言った。 「なに?」 「今日、どうせ暇なんですし、デパートへ買い物に行きません?」 「行ってもいいけど、今は金欠状態だから、何も買えないよ」 「それでもいいじゃないですか、気分転換に」 「まあ、エリナが行きたいんなら付き合うけど」 「じゃあ、決まりですね。食器を洗ったら、すぐに行きましょう」 「うん」 美佳は頷いた。 しかし、エリナは私の機嫌取るのうまいな 何となくエリナの話術に引っかかったような気分になる美佳であ った。 2 デパート 「私、自慢じゃないけど、平日の午前中にデパート行くの初めてよ 」 美佳は駅前通りに出ると、エリナに言った。 駅前通りは人通りが多いが、ほとんどはビジネスマンであった。 「へえ、そうなんですの。まあ、午前中はいつも寝てますものね、 美佳さんは」 エリナはクスッと笑って、言った。 「あんた、丁寧語の中に時々鋭いつっこみを入れるのはやめてよね 」 美佳はちょっとカチンときて言った。 「どこのデパートに行きます?」 「エリナに任せるわ。私はお供だから」 「そんなにすねないでくださいよ。じゃあ、丸越デパートに行きま しょう。わたくし、この間、いい服を見つけたんです」 いい服?−−こいつ、私が仕事してる間に結構、遊んでるな 美佳はエリナを疑り深い目で見た。 「さあ、行きましょう」 エリナは美佳の視線を無視して、さっさと歩いていく。 駅前の大通りの横断歩道を渡って、さらに数分歩いたところに丸 越デパートがある。 美佳たちがデパートの入り口に来ると、既にデパートは開店して いる。 「ねえ、美佳さん、8階でキャンペーンセールをやっていますわ」 エリナは掲示板に貼ってあるポスターを見て、言った。 「なになに、『6月6日少女デー。6月6日生まれの10代の女性 にだけ8階催事場にて高級ブランド婦人服、宝石を8割引で販売い たします』だって。ふざけてるぅ。どうして、6月6日生まれじゃ いけないわけ。大体、10代ってのも差別だと思わない?」 美佳はまた腹を立てて、言った。 「別に今日だけみたいですし、いいじゃないですか」 「あんたはね、寛容すぎるのよ。私はね、どうあっても中へ入るわ よ」 美佳はそう言うと、エレベーターの方へ歩いていった。 「もう、美佳さんは短気なんだから」 エリナは慌てて美佳を追った。 「美佳さん、まだ怒ってるんですの?」 エリナは4階の婦人服売場を歩きながら、美佳に言った。エリナ は美佳のことが気になって、洋服を見る方に集中できなかった。 美佳はあの後、8階に行き、催事場に無理矢理入ろうとして、店 員と大もめにもめ、ついにはガードマンまで現れ、追い出されてし まったのだった。 「当たり前でしょ。社長命令だからの一点張りで、中を覗かせても くれないのよ。客をなめてるわよ」 美佳は拳を固めて、言った。 −−もう今日の美佳さん、朝から荒れっぱなしですわ、連れてこ なきゃよかった エリナは今になって後悔した。 「ねえ、エリナ」 美佳は急に思い出したように声を上げた。 「ど、どうかしました?」 エリナは美佳がまた何か言い出すのではないかと心配だった。 「いいこと思いついたわ。8階に行くお客にお金を渡して、買って きてもらえばいいのよ」 「あ、あの、美佳さん」 エリナは恐る恐る言った。 「なに?」 「一体、何を買う気ですの?わたくしたち、お金ないんですけど」 「え?」 「10万のブランドものの服を8割引で買っても2万円ですわ。で も、わたくしたちの財布には1万5千円しかないんですよ」 「……」 美佳が黙り込んだ。 「み、美佳さん……」 エリナは美佳の顔を覗き込んだ。 「お、お金がない。お金がないですって!」 「そ、そうですよ」 「じゃ、じゃあ、何でデパート来たのよ」 美佳がエリナに詰め寄る。 「だから、言ったじゃないですか、気分転換だって」 エリナが小声で言う。 「気分転換?あんた、私を激怒させるために連れてきたの?」 「あ、あのですね、勝手に激怒してんのは美佳さんの方でしょ」 「何ですって。エリナぁ!」 また、美佳が怒りだした。 「さよなら」 エリナは慌ててその場を逃げ出した。 「待て、エリナ!」 美佳はエリナを追いかける。 −−もう、いや。美佳さんと一緒にいるの 逃げながら、つくづく今の生活が嫌になるエリナであった。 3 魔法の鏡 「あーあ、エリナを見失っちゃった。それにしても私ったらなんて 大人げないことやってんだろ」 階段の途中で美佳は足を止め、そばの壁に背もたれた。 「お金があったらなぁ、こんなことで腹なんかたてないのに。財布 はエリナが管理してるから、私、エリナがいないと帰れないのよね 。何とか捜さなきゃ」 美佳は急に疲れが出て、階段を上る足も鈍っていた。 「あれ、上に行くと、8階か。またもめるのやだから、下に……」 美佳はその時、8階の入り口にある立て札に目が留まった。 <ここから先は催事場のため、入れません> と書かれていた。 あれ、待てよ。ここって、催事場の中にある階段なんだ。という ことは、ここから入れば、直接中に入れるわけだ。ラッキー。せっ かく来たんだもんね、どんなものがあるか見てみなくちゃ。 美佳は急に元気が出て、軽やかに階段を上りきると、辺りに人が いないのを確認して、素早く中に入った。 −−やった、うまく入れた 美佳は誰にも気づかれず、催事場に入ることが出来た。 もともと背格好や顔は高校生なので、まわりから怪しまれること はなかった。 −−うわあ、服がいっぱい。それにしても6月6日生まれの女性 なんてそんなにいないと思ってけど、お客さん、結構いるわね。 美佳は客を見ながら、言った。 催事場内は宝石と婦人服の二つの売場で構成されていた。客は広 告の対象通り若い女性ばかりだった。混雑はしてないが、平日の割 には客がいる。 美佳はハンガーに掛かったコートを一つ、手にとって、まず値札 を見た。 −−15万円が1万5千円!?9割引じゃない 美佳は思わず声を上げて喜びそうになったが、その気持ちを必死 に抑えた。まわりの客も商品の値段の安さにはかなり驚いているよ うだ。 −−カ、カードでも大丈夫なのかな。私、このチャンス逃したら 、一生後悔すると思う。 美佳はもうコートが自分のものになったかのようにコートを握り しめていた。 美佳はバッグを漁った。 −−カード、カード だが、最初に取り出したのは変身ヘアバンドだった。 「あっ、こんなの持ってきたんだっけ。見てるだけでまたあの爺さ んを思い出して、むかついてくるわ。ん?この色は」 ヘアバンドの色が黒に近い灰色になっていた。 「どういうこと。ここにバフォメットの仲間がいるって言うの、嘘 でしょ」 美佳はきょろきょろと見回した。しかし、それらしき敵はいない 。 「壊れてるんじゃないかしら−−そんなわけないか、機械じゃない もんね」 美佳はため息をついた。「まあ、いいや、服買ってから考えよ」 美佳はコートを手に、レジへ向かった。 「これ、下さい」 美佳は緊張した面もちで言った。ばれたらどうしようかという気 持ちは美佳の心の中にまだあった。 「これですね」 女性店員はコートを見て、言った。「ご試着なされましたか?」 「い、いいえ」 「でしたら、そちらに試着室がございますので、ぜひご試着なさっ て下さい。買ってからサイズが合わないと大変ですから」 女性店員は営業スマイルでそう言った。 「は、はい」 美佳はそう言うと、コートを手にしたまま、試着室の方へ歩いて いった。 −−結構、親切だな。やっぱり、さすがデパートよね。でも、試 着するんだったら、もう一着、持ってきちゃおうっと 美佳は再び服選びに取りかかった。 しかし、それがいけなかった。どれも値段が安いので、最初に選 んだコートよりも他の服が欲しくなった。 「うーん、どれにしようかな、あれもいいし、これもいいし」 美佳はレジの近くの棚で服を選んでいた。30分ばかり悩んでい たとき、美佳はふと不思議なことに気づいた。先程からレジで服を 買った客がいないのだ。 どの客もレジまでは行くが、そこで試着を勧められ、試着室へ入 っていく。しかし、入った客は誰も試着室から出てこないのだ。 「おかしいわね」 美佳は不審に思った。試着室は入口に赤いカーテンがしかれ、入 口の横に男の店員が立っている。 「行ってみるか」 美佳は適当な服を手に取り、試着室の方へ歩いていった。 「試着ですか」 入口のところで店員が尋ねる。 「はい」 「中で店員が案内をしておりますので、どうぞお入り下さい」 美佳は店員に会釈して、試着室の入口のカーテンをくぐった。中 にはさらに5つほどの青いカーテンの掛かった試着室があり、入口 のそばには案内の女性店員がいた。 「一番左側が空いていますので、どうぞ」 美佳に店員に客のことは尋ねず、黙って一番左側の試着室へ入っ た。入るとき、店員の顔をちらっと見ると、店員の顔が不気味に笑 っていた。 美佳は試着室に入って、カーテンを閉めると、目の前の壁には等 身大の鏡があった。 −−別に変わったところはないわよね。 美佳はそれとなく、鏡に触れた。その時だった。 鏡がパアッと光り、美佳は一瞬にして言葉を上げる暇もなく鏡の 中へ吸い込まれた。 4 対象となる肉体 同じ頃、エリナは逆に美佳を探し回っていた。 「一体、どこへ行ったんでしょう。怒って先に帰ってしまったのか しら。それだったら、買物に専念できていいんですけど」 エリナは仕方なく1階の受付で美佳を呼び出してもらうことにし た。 「お子さまですか」 受付嬢が尋ねる。 「え、ああ、子供みたいですけど、二十歳の大人です。短気で、わ がままで」 エリナは美佳が聞いたら、怒りそうなことを平気で言っていた。 「ここはどこかしら」 鏡に吸い込まれ、どこか別の空間に投げ出された美佳は、顔を上 げ、周囲を見回した。 そこは真っ暗い洞窟のようなところで、道は前に一本しかなく、 後ろは行き止まり。時々なぜか肌を指すような冷たい風が吹き抜け る。 洞窟の通路の奥から光が見えた。誰かが歩いてくる。ランプを手 にした黒い背広を着た男だ。 「お待ちしていました。さあ、こちらへ」 男は静かに言った。 「お待ちしてましたってどういうことよ。ここはどこなの?」 美佳は男を睨み付けて、言った。 「洞窟ですよ。ここにいたって、逃げられませんよ。おとなしくつ いてきた方が身のためですよ」 男は不気味な笑いを浮かべて言うと、さっさともと来た道を歩い ていく。 美佳が歩かずに立っていると美佳を急かすようにどんどん冷たい 風が美佳の背中を吹き抜けた。美佳は仕方なく男の後をついていっ た。 男は通路から出るまで全く振り向かなかった。 数分後、男と美佳は広い出口に出た。 「これは!」 美佳が驚きの声を上げたとき、後ろの出口が鉄の扉で閉ざされた 。 美佳が来た場所は全体を岩に囲まれた広い空間だった。天井は闇 に包まれ、どれぐらい高いのか全くわからない。 そこの広間の壁には美佳が出てきた出口と同じものが5つあり、 他の女性たちも連れてこられたばかりなのか男と一緒に立っていた 。そして、広間の中央には人型をくり貫いた直方体の石のベッドが 5つあり、全裸のまだ二十歳前の若い女性がそれぞれ5人の男に無 理矢理押さえつけられ、寝かされている。 「一体、何なの、これは」 美佳はそばの男に言った。 「型合わせです」 「型合わせ?」 「バフォメット様の肉体となるべき体を捜しているのですよ。まあ 、ご覧なさい」 男がそう言ったとき、ベッドに寝かされた女性の両手、両足に枷 がはめられた。女性はベッドの人型に合わせて、寝かされている。 女性は必死になって、動こうとするが、びくともしない。 「どうするの」 「天井を見てて下さい」 男の言葉で美佳は天井を見上げた。 何か音がする。 それが5つの巨大な直方体の石だとわかった瞬間、ドスンという 音と共に石がそれぞれ女たちが寝かされていた石のベッドに重なる ように落ちた。それはまるで人間サンドイッチのようであった。 「いやあぁぁぁ!!!」 見ていた他の女性たちの悲鳴が一斉に上がった。女たちは逃げよ うとするが、すぐに数人の男たちに体を押さえ込まれた。 落ちてきた石がまたすうっと上に上がってゆく。残された石のベ ッドには血だらけの、体をぐしゃぐしゃに砕かれた女性たちの哀れ な姿があった。 「ひどいことするのね」 美佳はぽつりと呟いた。 「驚きましたな。これを見て、悲鳴を上げなかったのはあなたが初 めてだ」 男は感心したように言った。 「なるほど。あのベッドの人型に合わないと、女性たちは死ぬって わけね」 「そういうことです。次はあなたの番ですよ」 男はニヤッと笑って、言った。 「ねえ」 「何ですか」 「私一人を先にやらせてくれない」 「どういうことですか」 「あの子たちと一緒に死にたくないの。死ぬなら、先に死なせて。 それぐらいはいいでしょ」 「変わった方ですな。いいですよ。では、全裸になって、あのベッ ドで寝ていただきましょうか」 男はベッドを指差した。 既に5つの女性の死体はベッドから取り除かれ、ダストボックス に放り込まれている。 他の男たちが美佳に集まってくる。 「脱ぐぐらい一人でやるわよ」 美佳はさっさと全裸になり、石のベッドに寝る。その時、背中に ヘアバンドを隠した。「さあ、どうぞ」 美佳は大きな声で言った。見ていた女性たちは必死になって、「 やめさせて」と叫び声を上げる。 「スタート!」 スイッチのそばにいた男がそう言って、スイッチを作動させると 、暗闇の天井から風を切るような音が聞こえる。 美佳は天井をじっと、睨み付けた。 数秒後−− 直方体の石がドスンといううなりを上げて、美佳のベッドに落ち た。 「きゃああああ!!」 再び女性の悲鳴が上がる。 「よし上げるぞ」 男がスイッチを入れると、上の石が天井に上がっていく。 そこには誰もが美佳の死体があるのを確信した。だが、美佳の寝 ていたベッドには死体はおろか美佳の姿すらなかった。 「き、消えた、そんな馬鹿な」 男たちが駆け寄った。 「はっははは、あの女性ならこの私が助けたわ」 その時、暗闇の天井の方から女の声がした。 「誰だ、どこにいる」 男たちが怒鳴った。 「天井の石の上よ」 「なに。石を下ろせ!」 男がスイッチを入れる。石が今度は比較的、スピードを落として 、落下し、石のベッドの上に落ちた。 石の上には一人の少女が立っていた。白いヘアバンドをはめたエ メラルドグリーンの長い髪と瞳、気品のある顔立ちに、白い戦闘服 に身を包んだすらりとしたスタイル。 「おまえは!!」 「善と悪のバランサー、キティセイバー。女の子をサンドイッチに するなんて、この私が許さない。コートの恨みも含めて退治してや るわ!!」 キティがジャンプして、石のベッドから降りた。 「驚いたな、おまえがガイアールの戦士か」 その時、閉ざされた洞窟の鉄の扉が開き、一人の金髪の男が出て きた。 「カライス様!」 男たちが一斉に金髪の男の方を見る。 「あんたは何者?」 「私はバフォメット様再生の任を司る魔界の使徒カライス。ガイア ールの戦士とこんなに早く会えるとは光栄だ」 「バフォメット再生なんて、絶対させないわ。この私が命に代えて もね」 「おもしろい。おまえの腕を試してやろう。イムプども、キティセ イバーを倒せ」 カライスがそう言うと、男たちが突然、服を引きちぎり、全身黒 い肌、背中に羽を持ち、とんがった耳を持つ悪魔に変化した。 「ぐひひひ」 悪魔たちは気味の悪い笑い浮かべ、キティを囲む。 「やれ!」 「ギイイィィ!!」 悪魔たちが一斉にキティに飛びかかる。 「チェーンジ リヴォルバー!」 キティの首に掛かった金のクロス・ペンダントが黄金銃に変化す る。 キティは上空にジャンプすると、黄金銃をイムプたちに向かって 構えた。イムプたちもキティを追って、飛び上がる。 「マシンガンストゥーム!!!」 キティが叫ぶと、黄金銃のシリンダーが高速回転し、弾丸が豪雨 のように発射される。 「ぎゃあああ」 イムプたちが次々と弾丸で吹っ飛ばされる。 わずか数秒後には全てのイムプが空中から一掃された。 「やるな……」 イムプの死体の山を見て、カライスは唾を飲み込んだ。 「後はあんた一人よ」 キティは着地すると、カライスを睨み付けた。 「見事だ。だが、私と戦っている暇などあるまい。この世界は異次 元で、後5分で消えてしまう。早く女たちを連れて、逃げた方がい いぞ。もし今度会うことがあったら、相手になってやる。さらばだ 」 カライスはそう言うと、すっとテレポートするように消えた。 「逃げるったって、どうやって」 キティが考えていると、洞窟内が揺れ始めた。 「やばい、世界が崩れる。こうなったら、一か八か。みんな、集ま って」 キティは残った4人の女性を集めた。 「いい、私の手を握って。いいわね」 キティの言葉に女性たちは争ってキティの手を握る。 −−デパートへテレポート!!お願い、うまくいって キティは心の中で念じた。 洞窟内は激しく揺れ、どんどん岩肌が崩れている。 −−お願い!テレポートして!! キティは懸命に念じた。その時、上空に浮かんでいた巨石がキテ ィたちを踏み潰さんとばかりに落ちてきた。 エピローグ 「美佳さん、どこに行ってたんですか。心配したんですよ」 デパート1階の受付にやってきた美佳を見て、エリナは安堵の表 情を浮かべて言った。 「ちょっとね、運動してきたのよ」 美佳は疲れ切った顔をして、言った。 「運動?」 「そう、命がけの運動をね」 「そうなんですか。それより、美佳さん、見て下さいよ」 エリナはそう言って、手に持っていた袋からTシャツを取り出し た。 「なに、これ」 「かわいい柄のTシャツでしょ。前から目を付けてたんです」 エリナはTシャツを抱きしめて、言った。 「あのなぁ……」 美佳はまた怒りがこみ上げてきた。「エ、エリナ、私の分は?」 「ないですよ、だって美佳さん、いなかったじゃないですか」 「エリナぁー!!」 「ふええ、美佳さんが怒ったぁ!!!」 エリナは一目散に逃げ出した。 今日は一日中、怒り爆発の美佳であった。 「キャンペーン作戦」終わり