ファレイヌ2 第8話 怪盗パンプキンヘッド 中編 10 怪盗の狙い 怪盗パンプキンヘッドが浅野邸に現れてから1時間後、浅野邸の 客間では、今後のことに関して浅野と西島他二人の刑事との間で話 し合いが行われていた。 美佳と貴子にはそれぞれ二階の一室が用意され、今夜はそこに泊 まるように浅野に勧められた。 ファレイヌが効かないなんて。あいつ、一体…… 美佳は自分の部屋のベッドに仰向けになり、両手を枕にしてじっ と目をつむって考え込んでいた。これまでファレイヌの精神弾は、 対人間に関しては無敵を誇ってきただけに、パンプキンヘッドに弾 丸を跳ね返されたことは美佳にとって少なからずショックだった。 コンコン! 美佳がうとうとしかけた時、入口のドアを叩く音がした。 「どうぞ」 美佳が言うと、ドアが開いた。そこには貴子が立っていた。 「話があるんだけど、いい?」 貴子、いや今は彩香の声で彼女は言った。 「別にいいわよ」 美佳の言葉で、彩香は部屋に入り、机のそばの椅子に座った。 「話って奴のことでしょ。見事、彩香の予感が的中したわね。私た ちが浅野邸に来たその日に来るんだもん」 「奴は私を牽制するために現れたんだわ、きっと」 彩香は静かに言った。 「どういうこと?」 美佳は彩香を見る。 「あいつは前回の盗みでは予告を出さなかったわ。それなのに、今 回はわざわざ浅野邸に直接出向いて、予告に来た。しかも、刑事の 息子という土産を持ってね。このことは何を意味すると思う?」 「警察に浅野邸を警備させるため−−かしら」 美佳は少し考えてから、言った。 「そういうこと。奴は私に先にダイヤを盗まれないように、ああし て予告に現れて、警察に浅野邸の警備を厳重にするように促しに来 たのよ」 「なるほど、警察の警備があれば、彩香でもそう簡単にはダイヤを 盗めないものね。そうなると、健夫君をああして拉致して痛めつけ たのも、警察に本腰を入れさせるための挑発行為だったと受け取れ るわね」 「恐らくね」 「でもさ、彩香が『姉妹の誓い』を狙っていることをパンプキンヘ ッドは何で知ってるの」 「そんなことは知らないわ。けど、あのパンプキンヘッドの行動は そうとしか考えられないでしょ」 「そうかなぁ、彩香に『姉妹の誓い』を盗ませないようにするって ことは、逆に言えば、奴にとっても盗み出すことを困難にさせるん じゃない」 「自信があるのよ、きっと」 彩香はつっけんどんに言った。 「それで彩香はどうするの?」 「どうするも何も奴より早く盗んでみせるわ」 「どうやって?ダイヤはもう警察が警備を始めてるのよ」 「今夜、やるわ」 「今夜!?そんなの無茶よ」 「無茶はわかってるわ。でも、日が経つほど警備が厳重になるし、 盗み出すのも難しくなるわ。今夜なら、まだチャンスもある」 「私は手伝わないわよ」 「いいわよ、一人でやるから」 「ダイヤのある場所はわかってるの?」 「私はこれでも怪盗シルフィーよ。下調べは十分にしてあるわ」 「それならいいけど−−」 美佳は何となくすっきりしない様子だった。 「私より美佳はどうするの?」 「私は浅野さんとの約束もあるし、奴が現れるまではいるつもりよ 。奴には気になることがあるし」 「ファレイヌを跳ね返されたこと?」 「うん。それもあるけど、他にも納得のいかないところがあるの? 」 「何?」 「それははっきりしてから話すわ」 「そう。だったら、無理には聞かないわ」 彩香は椅子から腰を上げた。 「もし盗みに成功したら、知らせるから楽しみにしてて。じゃあね 」 彩香はそう言うと、部屋を出ていった。 「気をつけてね、彩香」 美佳はそう呟くと、また目をつむった。 11 背後の影 1階の奥の部屋にある書斎のドアの前には既に警官が一人立って いた。 彩香の下調べで、この書斎に隠し金庫があることは既にわかって いた。書斎には通風口以外は窓はなく、人間が入るにはこの入口を 通る以外に他はない。 事件後2、3時間くらいは警官や刑事が多数いたが、夜遅いと言 うこともあり、明日の朝本格的な捜査を行うと言うことで、警備の 警官を家の中と外に数人残して、ほとんどが帰っていった。 考えてみれば、もともと、警察は一個人の財産を警備するという ことは滅多に行わないので、むしろ警備の警官を残すこと事態、異 例のことであった。 彩香もその辺りの見当はついていて、まだ具体的な警備対策の立 てられていない事件直後の方がダイヤを盗みやすいことはわかって いた。 午前3時。貴子に変装したガウン姿の彩香は、書斎のドアの前で 寝ずの番をしている警官にコーヒーの差し入れをした。 「夜分、ごくろうさま。コーヒーを持ってきましたわ」 貴子はコーヒーと砂糖入れ、クッキーをのせた盆を二つ並べた折 り畳み椅子の片方に置いた。 「これは恐縮です」 警官は控えめに敬礼をする。 「頑張って下さいね」 貴子はそう言うと、もと来た廊下を歩いて、その場を立ち去った 。もちろん、立ち去ったと言っても、自分の部屋には戻らず、階段 の暗がりに隠れて、警官の様子をうかがっていた。 それから、20分後、コーヒーを飲んだ警官は、彩香の計画通り 折り畳み椅子に座って眠り込んでいた。彩香はコーヒーに睡眠薬を 混ぜたのである。 彩香は警官が完全に眠りに入ったのを確認すると、全身黒ずくめ の服に着替え、黒いマスクをかぶり、作業道具を詰め込んだリュッ クを片手に書斎のドアの前まで行った。 そして、眠っている警官をちらっと見やってから、書斎のドアを 開けた。鍵はかかっていたが、錠を外すことは彩香には朝飯前だっ た。 それでも、彩香は物音をたてずに書斎に入った。室内の電灯をつ けないのはもちろんのこと、懐中電灯も使わず、暗視ゴーグルのみ を使用した。 彩香はまず防犯カメラのレンズに黒のカラースプレーを噴射し、 見えなくした。 −−さて、こういう金庫は本棚のどこかにスイッチがあって、そ れを作動させると、本棚が動いて金庫が現れるのよね。 彩香はそう推理しつつも、一応本棚の下を確認した。思った通り 、本棚の底面は地面についていない。 彩香は腕時計のアラームをセットした後、本棚の扉を開け、中の 本を一冊一冊静かに取り出し、スイッチを探した。 腕の時計が1分ごとにピッという小さなアラーム音で、時間を知 らせる。盗みは時間との勝負なので、1分1秒も犠牲には出来ない 。仮に警官を眠らせても、外の警官から無線連絡がある場合もある し、誰かが書斎にやってくるかもしれない。 彩香はこういうスリルのある瞬間が好きだった。このスリルのた めに、盗みをやっていると言っても過言ではない。 おかしいわね 5分後、彩香は全ての本を出したが、本棚にはスイッチが見あた らない。 −−まてよ 彩香は機転を働かせ、床に置いた本を一冊一冊開いた。すると、 何冊目かで中のページをくり貫いた本があり、その中に小型のリモ コンが入っていた。 −−全く世話を焼かせるわ 彩香はリモコンを使って、本棚を動かそうとしたが、作動しない 。どうやら電池が入っていないようだ。 −−ちっ…… 彩香は仕方なくリュックにあったペンシルライトの電池を抜き取 って、リモコンに電池を入れた。 もう一度、リモコンのボタンを押そうとした。だが、瞬間的にや めた。 −−防犯ベルの配線をチェックしなきゃ 彩香は壁を探って、ケーブル配線を探した。これは以外にも早く 見つかった。既に書斎に入ってから、10分が経過している。 彩香は外部につながっているケーブルの止め金を全て外し、自分 の手で掴んだ。 −−恐らく本棚が開くと同時に、防犯ベルが作動するか、あるい は警備会社に連絡が行くんだわ。確かここの警備会社はUF警備保 障だから…… 彩香はケーブルのシールドにナイフで切れ目入れ、中の赤、青、 白などの8本のリード線を引っぱり出した。そして、ベルが作動す る部分と警備会社に信号を送る部分だけを切り取った。 −−これで第一関門は何とかなりそうね。 彩香はリモコンのスイッチを入れた。 本棚がゆっくりと動きだし、両側にスライドした。そして、本棚 のあった場所からは金庫が現れた。金庫は暗証番号式のもので、扉 の右上にテンキーがついていた。 −−さて、第2関門よ 彩香はリュックから液体スプレーを取り出すと、それを金庫の扉 に向けて全面にまんべんなく吹き付けた。 吹き付けられた液体は金庫の扉に付着すると、あっと言う間に蝋 のように固まってしまった。 −−これで扉に触れても問題ないわね。 続いて彩香は小型の暗証番号解読器を取り出し、解読器から出て いるコードを金庫のテンキーの下のピンジャックに差し込んだ。 彩香が解読器を作動させると、早速デジタル表示盤でいくつも番 号を表示して解読を始める。 これには8分を要した。 ガチャ! 解読器が正確な暗証番号をはじき出すと、金庫のロックが外れた 。 彩香は防磁性の手袋をはめかえて、そっと金庫の扉を開けた。 金庫の中には上段に宝石・貴金属類が、下段に書類関係が収めら れていた。 彩香は宝石箱の一つを手にとり、それを開けた。 −−あったわ 彩香の顔に笑みがこぼれた。 彩香の瞳には大きなダイヤを埋め込んだ指輪が写っていた。間違 いなく『姉妹の誓い』の片方であった。 −−パンプキンヘッド、あんたより先に頂いたわよ 彩香は心の中で勝ち誇った。 だが、その時、彩香の背後には一つの人間の影があった。 彩香が宝石をリュックに収めようとした時、その人間の影は手に したハンマーを彩香に向かって一気に振り下ろした。 12 絶体絶命? ドンドンドンッ!! 激しくドアを叩く音で美佳はベッドから目を覚ました。 もう朝なのか、部屋の中は明るくなっている。 時計を見ると、午前5時だった。 「荒木さん、荒木さん!」 部屋の外では、舞子の美佳を呼ぶ声が聞こえた。 「はい!」 美佳は一応大きな声で返事をして、ベッドを降りると、ロックを 解除して部屋のドアを開けた。 「何かあったんですか」 美佳はまだ眠たそうな顔をしながらも尋ねた。 「大変なんです、書斎の金庫に泥棒が!」 舞子は慌てた様子で言った。 彩香だわ。 美佳は直感的にそう思った。 「わかったわ、行きましょう」 美佳は部屋を出ると、舞子と一緒に1階の書斎へ向かった。 現場の前には浅野と戸村、二人の警官がいた。担当の刑事がまだ 到着していないのか、現場内には現場保持のためまだ誰も足を踏み 入れていない。 「泥棒が入ったんですって?パンプキンヘッドですか」 美佳は浅野に尋ねた。 「わからん。ただ金庫が開けられ、『姉妹の誓い』だけが盗まれと る」 浅野は泥棒に入られたという割には落ちついていた。 「ちょっと現場を見て、いいですか」 「構わんよ」 現場内には入れなかったが、美佳は外から現場内を覗くことが出 来た。現場の書斎では、金庫を隠していた本棚は開けっ放しになっ ており、床には本棚の本がいくつかにわけてきれいに積み上げられ ていた。金庫も開いており、中の物まで見ることが出来た。 「犯人はどうやって入ったんですか」 美佳は浅野のところに戻って、言った。 「正面からだ。プロの犯行だな。見張りの警官も睡眠薬で眠らされ ているし、書斎の金庫の防犯装置も全て切られている」 「どうして睡眠薬だとわかったんですか」 「そこにコーヒーカップが転がっていた。ただの居眠りなら、コー ヒーカップは落とさないだろう。多分、コーヒーの中に睡眠薬が入 っていたんじゃないのか」 「ということはコーヒーを運んだ人間が犯人ってことじゃないです か」 「恐らくな」 「じゃあ、犯人はこの家の中にいるってことですか」 「警官の飲んだコーヒーに睡眠薬が検出されれば、そう言うことに なるな」 「随分、落ちついてるんですね」 「そう見えるかね」 「ええ」 美佳がそう言った時、家政婦が、刑事が来たと浅野に知らせに来 た。 「わかった。すぐにこちらへ通してくれ」 浅野が言うと、家政婦は返事をして、その場を立ち去った。 「私が落ちついてわけを教えてやろうか」 浅野は美佳の方に向き直って、言った。 「ええ」 「実はあの金庫に入れていた『姉妹の誓い』は偽物なのだよ」 「偽物?」 「そう、盗難防止のためにな」 「そうですか。落ちついてるわけがわかりました」 「落ちついてるわけはそれだけじゃないぞ。偽物のダイヤの中には 発信器がついていて、発信音をたどれば誰が持っているのかわかる んだ」 浅野は自慢げに言った。 「そ、それじゃあ−−」 美佳ははっとした。 −−彩香はどこにいるのかしら。もし外へ逃げたのなら、問題な いけど、もしまだこの家にいたら、確実に捕まる…… 「あ、あの、私、着替えてきていいですか」 「ああ。だが、君にも犯人捜しを手伝ってもらいたいから、すぐに 戻ってきてくれよ」 「わかりました」 パジャマ姿の美佳は急いでその場を立ち去り、二階への階段を駆 け上がった。 −−彩香、どうして証拠を残すようなへまをしたのよ。裏切り者 !もし貴子が犯人ってことになったら、私も疑われちゃうじゃない さすがに美佳も焦っていた。普段の彩香なら、立ち去る時には現 場も元通りにするはずだし、眠った警官にも眠ったことを意識させ ないような処置をとるはずであった。しかし、今回はおもちゃ遊び をした後の子供のように現場を荒らしたまま放り出している。彩香 らしくないことだった。 美佳は二階へ行くと、自分の部屋に行く前に貴子の部屋を訪ねた 。もういないとは思ったが、変装道具でも残っていたら大変なので 、美佳は調べてみることにした。 美佳は一応ドアのノックをした。しかし、返事はない。 ドアのノブに手をかけ引くと、ドアが開く。 「あ、彩香、いる?」 美佳はそっと部屋の中に入った。 「!!!」 その瞬間、美佳は息が詰まりそうになった。 彩香がベッドで黒いスーツを着たまま、眠っていたのである。 「彩香っ!」 美佳はびっくりして、彩香に駆け寄った。 「ちょっと、起きなさいよ」 美佳は彩香の頬を何度もひっぱたいた。 「うっ、ううん」 彩香が目を覚ます。 「何、呑気に寝てんのよ、こんなところで」 「寝てる……わたしが?ああっ!」 彩香は大きな声を上げて、飛び起きた。 「いたた……」 すぐに彩香は後頭部を押さえる。 「一体、どうしたのよ」 「悪いけど、今、何時?」 「5時20分よ」 「ご、5時!大変、早く逃げなきゃ」 「もう遅いわよ、警察も来てるし」 「嘘ぉ?」 「本当よ。それより、何でこんなところで寝てるのよ」 「わからないわよ。書斎の金庫を開けて、宝石を取り出したら、い きなり後ろから殴られて気を失っちゃって−−」 「それがこの宝石ってわけね」 美佳は彩香の黒いズボンのポケットに入っていたダイヤを取り出 した。 「そ、そう、すごいでしょ」 「馬鹿ね、これは偽物よ」 「ええっ!」 彩香は美佳からダイヤをぶんどって、自分の目の前に引き寄せた 。 「本当だ、これはガラス玉だわ。昨日は暗くて気づかなかったけど 」 「おまけに発信器までついてるわ」 「そ、そんな、私、どうしたらいいのよ」 「それはこっちが聞きたいわよ。あんたは泥棒だから捕まって当然 だけど、私は何にもしてないんだからね」 「何よ、一緒にここへ来たんだから、共犯でしょ」 「ふざけないでよ、あたしはね−−何ていがみ合ってる時じゃない わ。とにかく何とかしなきゃ。あんたはすぐに貴子に変装して」 「一体、どうする気なの?」 「詮索は後。3分以内でやって」 「わかった」 彩香は早速鏡台に向かって、変装の化粧を始めた。 「さてと」 美佳は私服に着替えた。 「チェンジ パンプキンヘッド」 美佳は首にかけた金色のペンダントを掴んで叫ぶと、ペンダント が輝き、金色のパンプキンヘッドの人形に変形した。美佳はその人 形に偽ダイヤを入れた。 「ど、どうするの、それ?」 彩香は化粧をしながら、美佳の方を見て、言った。 「いい、私が下へ行ったら、あんたは部屋に鍵をかけて、5分たっ たら襲われたふりをして悲鳴を上げるの。そして、刑事が入ってき そうになったら、この人形を窓から外に向かって投げるのよ。その 時、必ず遠くへ飛ぶように精神を込めてね」 「わかった、やってみる」 美佳は貴子の部屋を出た。 「うまくいくといいけど−−」 美佳は階段を降りた。現場の方に行くと、既に浅野たちの他に西 島刑事も来ていた。 「おはようございます」 美佳は刑事に挨拶した。 「君は確か浅野さんの秘書でしたかな」 「まあ、そんなところです。息子さんは大丈夫ですか」 健夫は昨夜、パンプキンヘッドが去った後、救急車で運ばれ、近 くの病院に入院したのであった。 「ああ、軽い打撲だ。クロロホルムをかがされた後、ロープでつる されて殴られたようだ」 「ひどいことするんですね」 美佳は心配そうに言った。 「おお、荒木君、来たか。刑事さん、早速犯人捜しを始めましょう 」 浅野は機嫌が良かった。自分の防犯装置で犯人を捕まえられるこ とに優越を感じているのだろう。 「浅野さん、発信器というのはどんなに遠くにいてもわかるものな んですか」 美佳は時間稼ぎのために、浅野に質問した。 「そうだな、妨害電波がない限り半径500メートルまでは大丈夫 だ」 「その程度で大丈夫なんですか。犯人はもう遠くへ逃げてるかもし れないし」 「いや、犯人はこの家の中にいる」 浅野は確信したように言った。「見たまえこれを」 浅野は受信機を取り付けたノートパソコンのディスプレイを美佳 に見せた。 「これを見る限り犯人は半径15メートル以内にいる」 「『犯人が』ではなく、『ダイヤが』でしょう」 「犯人はダイヤを持っていないというのかね」 浅野がじろりと美佳を見た。 「それはわかりませんけど」 美佳がそう言った時、二階から女の悲鳴が上がった。 「何だ?」 西島刑事が上を見た時、ドタンドタンと激しく争うような物音が 二階からした。 「行くぞ」 西島は部下を引き連れて二階への階段を駆け上がった。美佳や浅 野もそれに続く。 −−彩香、頼んだわよ 美佳は心の中で祈った。 「あの部屋だ」 西島が悲鳴の上がる部屋を指差した。 「あれは貴子の部屋だ」 と浅野が言った。 西島は貴子の部屋のドアを開けようとした。だが、鍵がかかって 開かない。 西島は激しくドアを叩いた。 「長浜さん、何かあったんですか?」 西島が声をかける。 「誰か、助けて。あいつが!」 室内からの貴子の声と共に再び争う物音。 「貴子を助けてやってくれ」 と浅野が言う。 「ドアを壊しますよ」 西島はそう言うと、ドアに向かって思いっきり体当たりをかまし 、3度目でドアが後ろに倒れ、西島が中に転がり込んだ。 貴子はベッドのそばに座り込み、首を押さえながら、苦しそうな 咳をしていた。 「何があったんですか」 西島が尋ねる。 「刑事さん、あ、あそこ!」 美佳は開け放たれた窓の外を指差した。 西島たちが窓の外を見ると、金色のパンプキンヘッドが門の方へ 向かって空を飛んでいた。 「おい、川辺、すぐに門の前の警官に連絡しろ」 西島が部下の刑事に指示すると、刑事が慌てて部屋を出ていく。 「貴子、何があったんだ」 浅野が尋ねる。 「わからないわ、着替えようと思って洋服ダンスを開けたら、いき なりあいつが……首を絞められて、私を殺そうとしたのよ」 貴子は動揺したそぶりで言った。 「どうやらパンプキンヘッドは昨日、ここへ現れた時、一度は逃げ たと見せかけて、実は家の中に隠れていたようですね」 美佳は言った。 「いや、ちょっと待て。見張りの警官にコーヒーを運んだ奴が犯人 とするなら、家の中の者が犯人じゃないのか」 と浅野。 「兄さん、私が犯人だって言うの」 貴子が掠れた声で言った。 「何?おまえが警官にコーヒーを出したのか」 「そうよ。一晩中、警備をしていただくんですもの、それぐらい当 然でしょう」 「長浜さん、コーヒーを入れる時、何か変わったことはありません でした?」 美佳が貴子をフォローするように聞いた。 「お湯を沸かしている時、一度トイレに行ったわ」 「その時、奴がお湯に何かを混ぜたのかもしれませんよ」 「なるほど。いずれにしても、それは調査結果が出ればはっきりす ることです。とにかく今は長浜さんを病院に。本木、長浜さんを頼 む」 「はい」 貴子は刑事に連れられ、部屋を出ていった。その入れ替わりで、 川辺刑事が戻ってきた。 「どうだった?」 と西島。 「駄目でした。見失ったそうです。現在、この地域一帯に非常線を 張ってます。あの目立つ姿では逃げ出すことは不可能でしょう。逮 捕も時間の問題ですよ」 と川辺が言った。 「でも、最初の宝石店襲撃の時には逮捕できなかったんでしょう」 美佳がそう言うと、川辺はムッした顔をした。 「誰ですか、あなたは?」 「まあ、そんな顔するな。彼女は浅野さんの秘書だ」 西島が美佳に代わって、言った。 「自分は別に−−」 川辺は黙り込む。 「ところで荒木さん」 「はい」 「あなたは事件に詳しいようだが、最初の事件の時、犯人はどうや って警察の非常線を突破したと思いますか」 西島は美佳を見て、言った。 「そうですね、少なくともパンプキンヘッドの姿はしていなかった でしょうね」 「しかし、あれだけの着ぐるみを持ち歩くのは困難ですよ」 「車に収めたとしたら?」 「我々は奴の消えた現場にすぐに向かったんです。不審な車があれ ば、すぐに捕らえますよ」 「あの着ぐるみがビニール製で、ピーチボールのように折り畳める としたら?」 「残念ながら、それはあり得ませんね。奴は弾丸を跳ね返したんで す。ビニール製なら奴の体に弾丸が貫通するはずですよ」 「でしたら、硬質の着ぐるみでしかも折り畳み可能な……ま、まさ か」 その時、美佳は何かに思い当たった。 「どうかしましたか?」 「い、いいえ」 美佳はそれきり西島との会話を打ち切った。 −−もし私の考えが正しければ、奴の正体は…… 13 犯人は誰か? 結局、美佳の予想通り、警察はパンプキンヘッドを捕らえること はできなかった。 ファレイヌは基本の形がペンダントなので、魔法が切れるともと のペンダントの形に戻ってしまうのである。 故に警察がいくら探しても、パンプキンヘッドを見つけることは とうてい出来なかった。 美佳は後でペンダントを何食わぬ顔で拾い、自分の首にかけたの であった。 コーヒーカップに残ったコーヒーからは睡眠薬が検出されたもの の、貴子への疑惑は美佳と彩香の迫真の演技のおかげでかろうじて 免れた。 その日の正午、美佳と彩香は、美佳の仕事先の近くにある喫茶店 で落ち合った。美佳はラジオの仕事からの帰りで、エリナも同伴だ った。 「どう浅野邸の方は?」 美佳はメロンソーダを飲みながら、言った。美佳は喫茶店ではい つもメロンソーダを飲んでいる。 「警備が厳重になったわよ。もう手出しが出来ないくらいにね」 彩香は溜息交じりに言った。彩香は今は貴子の変装を解いている 。 「全く今朝は、彩香のドジのおかげで、寿命が縮んだわよ」 「私だって好きでこうなったわけじゃないのよ。頭殴られたのに、 変装ばれるから病院には行けないしさ。もう最低よ」 彩香はいつになく弱気な声で言った。 「でも、誰が彩香を殴ったのかしらね」 「わかんないわよ。まさか、美佳じゃないでしょうね」 「私がやるわけないでしょ。私ならそのまま殺しちゃうもの」 「え?」 「冗談よ、冗談。私がそんなことしたって、今朝みたいに自分の首 絞めるだけじゃない」 「それもそうよね。けど、私を殴ったのは内部の人間の犯行よ」 「そんなことをして誰が得するのかしら。少なくとも浅野さんは宝 石が偽物だと知ってるわけだから、犯人ではないわ。そもそも、今 回の犯行を見ると、彩香を逮捕させるために仕組んだもののような 気がするわ」 「どういうこと?」 「もし犯人が宝石目当てなら、宝石を盗んでいくはずだし、わざわ ざあなたを部屋に運んだりするはずないでしょ」 「でも、私が盗みに入るのを知っていたのは、美佳だけよ」 彩香はじっと美佳を見る。 「本当にそうかしら。パンプキンヘッドは自分に先にダイヤを盗ま せないために、昨日、ベランダに現れたって、彩香言ってたでしょ 。だとすれば、パンプキンヘッドは知ってたんじゃない」 「え?」 「つまり、こういうこと。奴は、警察の警備が厳重になることを恐 れて彩香が昨日の夜、犯行に及ぶことまで読んでたのよ」 「まさか、そんな」 「それならつじつまが合うわ。恐らく犯人のシナリオはこうじゃな いかしら。犯人は彩香がダイヤを盗んだ時点で気絶させ、貴子の部 屋へ彩香を運ぶ。もちろん、彩香の服のポケットにダイヤを入れて ね。翌朝、警官と彩香が目を覚ます前に事件を発見し、刑事が来た ところで浅野さんの発信器でダイヤを探し、貴子の部屋でダイヤを 持つ彩香を見つけてご用と。そして、彩香が貴子の変装とばれた時 点で今度は私もご用になるってわけ」 「それじゃあ、昨日の晩、浅野邸にパンプキンヘッドは隠れていた って言うの?」 「彩香を殴るのにパンプキンヘッドの姿でいる必要はないでしょ。 恐らく素のままよ」 「ということは屋敷内の人間の犯行ね」 「さあ、どうかしら」 「でも、そうなると三日後にダイヤを盗むって予告はどうなるの? 嘘なわけ?」 「奴は約束は守ると思うわ。必ずね」 美佳は確信したように言うと、メロンソーダをストローで全て飲 み干した。パンプキンヘッドと美佳との対決はまだまだ始まったば かりである。 続く