ファレイヌ2 第11話「吸血鬼」前編 登場人物 椎野美佳 /声優。魔法のヘアバンドでキティセイバーに変身。 黄金銃ファレイヌの使い手。 エリナ /美佳のマネージャー 牧田奈緒美 /刑事 エレクトラ /悪魔の使徒 プロローグ 深夜、無人のはずの寂れた教会堂に3人の男女がいた。 一人は黒いスーツを着た30代の金髪の男、カライス。もう一人 は右腕のないブラウン髪の青い瞳を持つ女、アエロー、もう一人は 黒い髪の青い瞳を持つ女、エレクトラであった。 彼らは魔界の王ダイモーンの分身バフォメットを人間界で再生さ せるために遣わされた魔界の使徒である。 「おほほほほ」 エレクトラが突然、高らかに笑った。 「エレクトラ、何がおかしいの!」 アエローはきっと眉をつり上げ、鋭い口調で言った。 「アエローのその姿、とてもおかしいわ。右腕がないなんて、まる で捨てられた人形みたい、おっほほほほ」 エレクトラは本当におかしそうに笑った。 「エレクトラ、これ以上、馬鹿にすると、私は許さないわよ」 アエローの顔が険しくなる。 「許さないですって?片腕で私に勝とうっていうの。それは面白い わ」 エレクトラは壁に立てかけたデーモンロッドを手に取る。 「エレクトラ、やめないか」 カライスがエレクトラの肩を掴んで、注意した。 「お兄様、こんな弱小者に情けをかける必要はないわ。魔界では弱 者は常に滅びる運命にあるのよ。特に五体満足に揃っていない出来 そこないはね」 「エレクトラ、おまえ!」 アエローは感情的になった。 「アエロー、落ちつけ」 「だって、お兄様、エレクトラがあんなひどいことを!」 アエローは泣きそうな顔で言った。 「おまえのミスを私は咎めたりはしない。エレクトラだって事情が わかっていないだけだ」 「はい……」 カライスの言葉でアエローはおとなしくなった。 「あら、お兄様がこんなにお優しいとは思わなかったわ」 エレクトラは皮肉っぽく言った。 「エレクトラ、今は仲間同士で争っている場合ではない。おまえは 戦ったことがないから、わからないのだろうが、キティセイバーは 強敵だ。そうやすやすと倒せる相手ではない」 「へえ、随分弱気ですのね、お兄様ともあろう者が。キティセイバ ーなんて高々小娘でしょ、この私がデーモンロッドでなぶり殺しに してやるわ」 エレクトラが自信に溢れた口調で言った。 「その意気込みは、今は胸にしまっておけ。とにかく今はアエロー の右腕を再生するためにも若い女の生き血を集めることが先決だ」 「その任務、私が引き受けるわ」 「おまえが?」 「お兄様はアエローの看病でもしていて。この私一人で血は集めて くるわ」 エレクトラはそう言うと、デーモンロッドを頭上に掲げ、テレポ ートした。 1 惨劇 数日後のある夜−− その夜は嵐だった。普段閑静なこの街もこの日ばかりは戦場のよ うな激しさだった。吹きすさぶ風は木々や電線を激しく揺り動かし 、機関銃のように地面を打ちつける大粒の雨は、路面を川に変えて しまった。 そんな中、一人の女が坂道を上っていた。女は雨の勢いに負けま いと、姿勢を低くし、前を睨み付け、黄色いレインコートの襟をぎ ゅっと握りしめている。 女は途中、流れる雨につまずきながらも、何とか坂道を上りきっ た。視界は雨と暗闇で2、3メートル先もよく見えなかった。 女は一度、大きく息をつくと、再び歩を進めた。 その時だった。二つの光が遠くから女の方へやってくる。 だが、女はそれに気づかないのか、止まることなく歩みを続ける 。 やがて、二つの光が女の数メ−トル手前で止まった。その時初め て女は歩みを止めた。 二つの光は自動車のヘッドライトだった。車は黒く背景と同化し ていた。エンジン音も雨の音にかき消され、ほとんど聞こえない。 運転席のドアが静かに開くと、中から一人の背広姿の男が現れた 。 男は黄色いレインコートの女を見ると、さっと懐から銃を抜き、 その銃口を女に向けた。 女はそれを見ても、表情一つ変えなかった。 「晶子、死んでもらうぞ」 男はためらわず拳銃の引き金を引いた。 パンッ!! 弾丸が発射された。だが、女はその瞬間、獣のような素早い動き で、右に避けた。 「ちっ」 男は間をおかず、女の避けた方向へ銃口を向け、さらに発砲した 。だが、女はさっと塀に上ると、塀の上を素早く駆け抜ける。そし て、男の銃の弾が切れた時、女は塀からジャンプして、男に飛びか かった。 「うわっ」 男は女に押し倒され、もみ合いになった。 「ガルル!!」 女の目は血のように真っ赤で、口には狼のような牙があった。男 は女の牙を防ごうと、女の首を両手で締め付けるが、女はその男の 手首を両手で掴むと、一気にそれをへし折った。 「ぐわあぁぁ」 男は声を上げる。 さらに女は男の両肩を両手で押さえこむと、その鋭い牙を男の首 筋に向けた。 「ぎゃあああ」 男は悲痛な声を上げたが、わずか数秒でその声は雨の音にかき消 された。 2 見舞い 三日後−− 日曜日、牧田奈緒美は朝から警視庁捜査1課で仕事をしていた。 机に向かい、ワープロで調書を作成している。 牧田奈緒美、30歳、独身。警視庁の敏腕警部で、美佳の亡くな った姉、律子の親友である。性格は冷静沈着、仕事好きなうえに、 料理も武道も得意の才色兼備な女性である。 「よう、ナオちゃん、日曜日に仕事とはせいが出るね」 同僚のベテラン刑事、木島が声をかけた。彼は42歳である。 「例の事件の報告書をまとめてるんです」 「例の事件って?」 「S署の笠原刑事のですわ」 奈緒美はワープロの画面から目を離し、木島の方を見て、言った 。 「ああ、あの雨の晩に、通り魔に殺された事件か」 「ええ。首筋に獣に噛まれたような深い傷があって、ひどいもので す。最近、頻発している通り魔事件と手口が同じですね」 「彼はなぜあそこで殺されたんだ」 「犯人を追っていたみたいですね。通り魔事件の担当の刑事ではな いんですけど」 「それは、どういうことだい」 「彼の車の中に地図があったんですよ。その地図の所々にマーキン グがされてあるんです。その場所は最近、立て続けに起こっている 通り魔事件の場所なんです。そして、彼の背広の手帳にも黄色いレ インコートの女と。黄色いレインコートの女というのは、通り魔事 件の容疑者の特徴です」 「なるほど。だが、なぜ犯人を追っていたんだろう」 「さあ、わかりませんね。ただ、彼の所持していた拳銃が全段撃ち 尽くされていたところを見ると、彼は最初から犯人を撃つ気であっ たことは間違いないですね」 「事件が起こったのは住宅街だろう。拳銃を5発も撃ったのに、誰 も事件に気づかなかったなんてね」 「あの嵐の夜では仕方ありませんよ」 「彼には確か婚約者がいたんだよな」 「ええ。先月退職したS署の交通課の婦警です。気の毒ですね、来 月、結婚だったのに」 奈緒美はため息をついた。 「刑事なんてものは因果な商売だよな、全く」 二人が話しているとき、一人の刑事が二人のところへやってきた 。 「警部」 若手の刑事が声をかける。 「何?」 「外に椎野さんが」 「え?美佳が外にいるの?」 奈緒美は席を立つと、課を出ていった。 外の廊下では椎野美佳がマネージャーのエリナを従えて、立って いた。 「ひさしぶり」 美佳はにこにこ顔で言った。 「あんた、よくここまで通してもらえたわね」 「しょっちゅう来てるからフリーパスよん」 「あのね……」 奈緒美は呆れ顔になった。「それで何か用?」 「お金貸して」 「へ?」 奈緒美は目を丸くした。 「今月、電気代払わないと電気止められちゃうのよ。えへへ」 美佳は頭をかいて、照れながら言った。 「あ、あんたね、声優でしょ。声の仕事やりなさいよ」 「ふええん、仕事があるならやってるわよぉ」 美佳は泣き真似をする。 「情けない」 奈緒美は頭を抱えた。「それでいくら?」 「5万」 美佳は目を輝かせて言った。 「贅沢。1万で耐えしのぎなさい」 奈緒美はそう言って、財布から一万を出して、美佳に渡した。 「けちっ……」 美佳は一万円札を見ながら、ぼやいた。 「嫌なら返しなさい」 「ははは、冗談よ、冗談。さあて、早速、今日は焼き肉でも……」 美佳の言葉に奈緒美がジロッと見た。 「美佳」 「な、なに」 「暇だったら、これからちょっと付き合わない?」 「ええっ、どこへ?」 美佳は露骨に嫌そうな顔をする。 「私の友達のお見舞い」 「何で私が行かなきゃいけないの」 「いいじゃない、お見舞いって言うのは一人より大勢で行った方が 喜ばれるのよ」 「美佳さん、奈緒美さんにはいつもお世話になってるから、付き合 いましょう」 エリナが美佳に言った。 「う−ん、しょうがないか」 美佳は諦め顔で言った。 「別にいいのよ、そんなに嫌なら、もう二度とお金は貸さないから 」 奈緒美はそう言うと、さっさと廊下を歩いていく。 「ああっ、行きます、行きますよぉ」 美佳とエリナは慌てて奈緒美の後を追いかけていった。 3 部屋にいたのは…… 「ねえ、見舞いって病院じゃないの?」 走る車の中で助手席の美佳は運手席の奈緒美に尋ねた。 車は住宅街の通りを走っている。 「誰が病院って言った」 奈緒美が前を見ながら、言った。 「じゃあ、どこへ行くの?」 「友達のアパート」 「ふうん、その友達って、どういう友達なの?」 「私の警察学校時代の同期生なの」 「じゃあ、30だ」 「年なんかどうだっていいでしょ。全く自分が若いからって」 「ははは、ちょっと言ってみただけじゃん。それより、話を続けて よ」 「その友達の名前は清水晶子って言って、先月まで交通課の婦警だ ったの」 「先月までって退職したの?」 「そう、結婚するんでね。ところが、三日前に彼女の婚約者の笠間 浩一って言う刑事が殺されてしまったの」 「わぁ、気の毒」 「しかも、犯人が通り魔らしいの」 「通り魔?」 「ほら、最近、話題になってる通り魔よ」 「深夜に若い女だけを襲うって言うあの通り魔?」 「そう。彼はその事件の担当じゃないけど、犯人を追っていたのよ 」 「何でその人が通り魔にやられたってわかったの?」 「手口よ。首筋に鋭い牙で噛んだような噛み傷があったの」 「通り魔も男に目覚めたのかしら?」 「何、くだらないこと言ってるのよ。とにかく、その事件の後、そ の私の友達がアパートに閉じこもりっきりで、誰が訪ねても部屋を 開けないらしいのよ。電話も繋がらないようだし。それで彼女の両 親が心配して、私のところに連絡をよこしたってわけ」 「その人は婚約者が死んだのに、全然表に出てないの?」 「そうみたいよ」 「そのアパートにいないんじゃないの?」 「さあ、行ってみないとわからないけど、隣の人の話では夜になる とごそごそと物音がしているそうよ」 「その隣の人っていうのが怪しいわね」 「怪しいって何が?」 「だって、隣の物音をいちいちチェックするなんて、いかにも怪し いじゃない」 「どこの世界にもいるでしょ、そういう人は」 「まあ、そうだけどさ」 「さあ、着いたわ」 奈緒美は道路脇に車を止めた。「アパートはここから、2、3分 歩いたところよ」 美佳とエリナは先に車を降りた。 「こんなところに止めて、違反切符、切られない?」 「大丈夫」 奈緒美はエンジンを切って、キーを抜くと、車を降りた。 奈緒美の言うとおり、通りをまっすぐ30メートルほど歩くと、 5階建ての白いアパートが見えた。 「あそこ?」 「そうよ」 「私のアパートよりよさそうね」 「あんたのとこより悪いアパートなんてないでしょ」 「悪かったわね、安いアパートで。それで、どの辺なの?」 「3階のあの部屋よ」 奈緒美が指差した。 「カーテンが閉まってるわね、留守じゃないの?」 「今日はそれを確かめに来たのよ、私たちは」 奈緒美たちはアパートの表側に回って、入口から中に入った。 階段で4階に上がり、清水晶子の部屋の前までやってきた。 奈緒美はドアの横にあるベルのボタンを押した。 ピンポーン−− 奈緒美たちは少し待った。しかし、誰も応対に出る様子はない。 「留守なんじゃない、やっぱり」 美佳とエリナが顔を見合わせて、頷く。 奈緒美は再度、ベルのボタンを押した。だが、やはり反応はなか った。 「さあ、帰ろ、帰ろ」 「待ちなさいよ。−−晶子、いないの?いるなら、返事して」 奈緒美はドアを叩いて、大声で呼びかけた。 「無駄じゃないの」 美佳がそう言った時だった。ガサッという物音がドアの向こう側 から聞こえた。 「ねえ、今、物音がしたわよね」 奈緒美が美佳を見る。 「私は聞こえなかったけど、エリナはどう?」 「わたくしは何か聞こえたような気がしましたけど」 エリナは自信なさそうに言う。 「美佳、ここで待ってて。管理人に鍵を借りてくるから」 「いってらっしゃい」 美佳は手を振った。 奈緒美は階段の方へ走っていった。それから、5分ほどして管理 人を連れて、奈緒美が戻ってきた。 「管理人さん、中に誰かいるみたいなんだけど、返事がないの。鍵 を開けて、もらえる?」 「わかりました」 管理人は既に下で奈緒美に説得されているので、素直に持ってい た鍵を使ってドアを開けた。 「真っ暗ね」 部屋の中を覗き込んだ美佳は呟いた。 「さあ、入るわよ」 「うん」 しかし、そうは言ったものの、奈緒美も美佳もなかなか部屋の中 に入ろうとしない。 「ちょっと早く入りなよ」 美佳が奈緒美を急かす。 「美佳が先に入ってよ」 奈緒美も渋る。 「どうして?この部屋に用があるのはナオちゃんでしょ」 「私は暗いのが苦手なのよ」 「わ、私だって」 「嘘ばっかり。あんたはいつも部屋の電気消して寝てるじゃない」 「それとこれとは別でしょ」 二人は往生際悪く喧嘩している。 「わたくしが入りますわ−−ちょっと恐いけど」 エリナが控えめに言った。 「ちょっと待って、それなら、私が先に入るわよ。エリナには恐い 思いさせられないもん」 仕方なく美佳は、先に部屋に入ることにした。 「暗いの苦手なのよね」 美佳は靴を脱いで、玄関を上がった。 室内は本当に何も見えないほど真っ暗であった。 美佳は手探りで歩きながら、両側にドアのある細く短い廊下を通 って、DKに出た。 「ねえ、電気のスイッチってどこにあるのかしら」 美佳は後ろを向いた。 −−げっ! 美佳は言葉を失った。何と奈緒美やエリナはまだ部屋の外にいる のである。 「あんたら、いい加減にしないと殺すわよ」 美佳は冷ややかな目をして、言った。 「ははは、ごめん、ごめん」 奈緒美もエリナも部屋に入った。 「ここって、部屋はいくつあるの?」 「1LDKよ」 「ということは、あの部屋の戸を開ければ、最後の部屋ってわけね 」 美佳は目の前の閉まっている引き戸を見て、言った。 「そういうことになるわね」 奈緒美が唾を飲み込んで、言った。 「あっ、電気のスイッチがありましたわ」 エリナが電気のスイッチを入れると、DKが明るくなった。 その時、またガサッという音が引き戸の向こうの部屋から聞こえ てきた。 「きゃあっ!」 奈緒美とエリナが一斉に美佳に抱きついた。 「な、何よ、私が一番恐いんだからね、抱きつかないでよぉ」 美佳が震えた声で言った。 「ナオちゃん、刑事なんだから、部屋を開けて」 美佳は奈緒美を突き放した。 「こんな時ばかり刑事を持ち出して……美佳の方が恐いことには慣 れてるでしょ」 「だって、私、女の子だもん」 美佳がかわいこぶる。 「わかったわよ」 奈緒美が引き戸の前に歩み寄った。 「晶子、いるの?いるんなら、返事して?」 奈緒美がゆっくりとした口調で呼びかけた。しかし、向かいの部 屋からは返事がない。「へ、返事がないなら、入るわよ。脅かした ら、怒るからね」 奈緒美は少々声が弱々しくなっていた。 「GO!GO!」 奈緒美の後ろでは美佳が声援のゼスチャーを送っている。 「こいつ……」 奈緒美は心の中でムッとしながらも、引き戸に手をかけ、開けよ うとした。 ガルルルルッ!!! その時だった。獣のようなうなり声が上がったかと思うと、引き 戸がものすごい勢いで奈緒美の方に倒れてきた。 「うあっ」 奈緒美が引き戸の下敷きになったと同時に、黒い影が引き戸を踏 み台にして、美佳に飛びかかった。 「な、なに……」 美佳はかわす暇もなく黒い影にのしかかられ、床に勢いよく倒さ れた。 「こ、これは……」 そばにいたエリナは黒い影を見て、手で口を覆った。 美佳の上にはぼさぼさの黒い髪、真っ赤に燃え上がる鋭い目、狼 のような牙を持った女がいた。 女は美佳の両肩を両手で押さえ、口を大きく開き、その鋭い牙で 美佳の首筋に噛みつこうとしていた。 「ちっ、冗談じゃないわよ」 美佳は必死に女の顔を両手で押さえて、抵抗する。だが、野獣と 化した女は、人間とは思えないものすごい力で押し返してくる。 「奈緒美さん、早く何とかして」 エリナは奈緒美の上の引き戸を取り払った。 奈緒美は起き上がると、女を見た。 「晶子……」 奈緒美は思わず呟いた。 「ナオちゃん、早く!」 女の牙が間近に迫った美佳は必死に声を上げた。 「ようし」 奈緒美は女の後ろから飛びかかり、女を美佳から引き剥がそうと した。 「ガルルル!!」 だが、女は片手でいとも簡単に奈緒美を突き飛ばした。奈緒美は 居間の方まで飛ばされる。 「一体、どうしたら……」 エリナは途方に暮れた。 「早く……何とかして……」 美佳は歯を食いしばりながら、苦しそうに言った。 女の牙がもう美佳の間近まで迫っている。 「そうですわ」 エリナは突然、ひらめいたように窓に駆け寄ると、窓を覆ってい た厚手のカーテンを思いっきり引っ張った。 カーテンがカーテンレールのところで引きちぎれ、窓に覆いがな くなった。 外からの日光が部屋の中にいっぱいに差し込む。 「ぎゃああああ!!!」 その瞬間、女が悲鳴を上げた。窓からの太陽光線を全身に浴びた のだ。 女の背中から黒い煙が上がる。 美佳はその隙に女の体から逃げた。 女はその場で煙に包まれ、激しくもがきながら、どんどん黒くな り、ついには全身黒こげとなって、動かなくなった。 「し、死ぬかと思ったぁ……」 美佳は額の汗を拭いながら、呟いた。 「大丈夫、美佳?」 奈緒美が美佳のところにやってくる。 「全くもう頼りないんだからぁ」 美佳は泣きそうな声で奈緒美に文句を言った。 「どうして彼女、黒こげになったのかしら?」 奈緒美は真っ黒な死体を見て、呟いた。 「吸血鬼だったんですわ」 エリナが呟いた。 「吸血鬼?」 美佳と奈緒美がエリナを見る。 「吸血鬼の弱点は太陽の光です」 「でも、どうして彼女が吸血鬼に……」 奈緒美は死体を仰向けにした。死体の顔は真っ黒でほとんど判別 がつかない。 「あら、これ……」 美佳は死体の額に埋め込まれた青いトルコ石を見て、呟いた。 「何かしら」 美佳はそのトルコ石は手に取った。 「美佳、私、署に連絡してくるから、ここにいて」 奈緒美は立ち上がって、入口の方へ走っていった。 「あの石は……」 その時、トルコ石を見たエリナは、何かを思い出したかのように 呟いた。 4 事件の謎 その夜、奈緒美は美佳のアパートを訪ねた。昼間の事件のことを 話すためである。 「どう事件の方は?」 美佳はクッションを枕にして、寝そべりながら、奈緒美に聞いた 。 「大きな進展があったわ」 奈緒美は大きな封筒をバックから取り出して、言った。 「というと?」 「最近起こっている連続通り魔殺人事件は全て彼女の仕業ね」 「何か証拠でも見つかったの?」 「彼女の部屋の押入に黄色いレインコートがあったわ。それから、 笠間さんの遺書が彼の住んでいた部屋から見つかったの」 「遺書が?今になって」 「フロッピーディスクに入っていたから、わからなかったのよ。私 たちが出かけている時に鑑識が知らせてきたのよ」 「ふうん」 「これがそのフロッピーに入っていた文書を印刷したものよ」 封筒から出した印刷物を美佳に見せた。 「どれどれ」 美佳は印刷物を読んだ。 捜査一課長殿へ この文書が読まれている頃には僕はもう生きてはいないでしょう 。これから僕が記すことは全て事実です。もし僕が死んでも、まだ 彼女が生きているなら、どうかこれ以上、犠牲者を増やさないため にも彼女を捕まえて下さい。 彼女とは、僕の婚約者、清水晶子です。彼女は五日前から続発し ている通り魔事件の犯人です。 彼女はこれまでに十人の女性を殺しました。その目的は血を吸う ためです。これは彼女が僕に話してくれたことだから間違いありま せん。 思えば、彼女がおかしくなり始めたのは一週間ほど前のことでし た。その夜、僕が彼女のアパートを訪ねると、彼女は猫を殺して、 その血を吸っていたのです。 僕がどうしたんだと尋ねると、彼女は血が無性に欲しくなり、こ のままでは自分が何をするかわからないから、ペットショップで猫 を飼ってきて、その血を吸っているのだと言いました。 正直、最初は僕も信じられませんでした。しかし、彼女の悩みは 深刻で、翌日には日の光が恐いと言って、部屋を真っ暗にして、と じこもり、その翌日にはとうとう僕にも何をするかわからないと言 って、部屋に入れてくれなくなりました。 そのすぐ後です、最初の殺人が起こったのは。被害者の死因が首 筋の噛み傷による失血死と聞いて、僕は不吉な予感を覚え、彼女の アパートを訪ねました。しかし、彼女は僕を部屋へ入れてくれませ んでした。 翌日には更なる殺人が起こりました。この時、僕はこの殺人が彼 女によるものだと思いました。しかし、彼女を愛していた僕はそれ を警察に言うことは出来ませんでした。心のどこかで彼女が犯人で はないと信じていたからです。 しかし、同じ手口の殺人が連続して起きるにつれ、僕はこのまま ではいけないと思い、彼女のアパートを見張りました。そして、つ いに見てしまったのです、彼女の殺人の瞬間を。 僕は決意しました。彼女のこれ以上の殺人は僕が阻止します。刑 事としてではなく、彼女の婚約者として、僕は責任をとるつもりで す。 課長、今まで事件を隠していて申し訳ありませんでした。 笠間浩一 「悲しい手紙ね」 美佳は印刷物をエリナに渡した。エリナもそれを読む。 「でも、この手紙だけじゃ、事件解決とはいきそうにないわね」 奈緒美が溜息をついて、言った。 「彼女の死因は?」 「さあ、今、司法解剖にまわしてるわ。太陽光線を浴びて、黒こげ になったって私は報告したんだけど、署の連中は全然取り合ってく れなかったわ」 「まあ、そうでしょうね。どうせとってつけたような理由を付けて 、精神異常者の犯行で片づけるんじゃないの、警察は」 「悔しいけど、多分そうよ」 奈緒美はその場に寝ころんだ。 「でも、それはこのまま事件が解決した場合でしょう。もしまた同 じような事件が起こったら、どうするんですの?」 印刷物を読み終えたエリナが言った。 「それが問題なのよ。この手紙には晶子が吸血鬼になった原因が書 かれてないわ。それを突き止めないことにはねぇ」 「ナオちゃんは晶子さんが吸血鬼だったと信じてるの?」 「わからないわ。でも、あの時の姿は精神異常者ではなかったわ。 怪物そのものだったもの」 「そうよね……もしかしたら、アエローたちの……」 「何?」 奈緒美が美佳の言葉を聞いて、起き上がった。「アエローって? 」 「あっ、何でもない、何でもない」 美佳は笑ってごまかした。 「怪しいわね。もしかして、四年前に駐車場に現れた怪物と何か関 係があるんじゃないの?」 「そんな古い話、関係あるわけないじゃない。ねえ、エリナ」 「ええ、大体今の世の中に怪物なんているわけないじゃないですか 」 「そういうことをエリナに言われても、全然説得力がないのよね。 まあ、いいわ。もしまた事件が起こったら、あんたたちに協力を頼 むから、よろしくね」 「冗談でしょ。お断りよ」 「ふふふ、断れるかしら」 奈緒美は意味ありげな笑いを浮かべて、部屋を出ていった。 「何か嫌な予感がするなぁ」 奈緒美がいなくなって、少したってから、美佳がぼやいた。 「美佳さん」 「ん?」 「晶子さんの額についていた青いトルコ石のことなんですけど」 「ああ、これ」 美佳はジーンズのポケットから石を取り出した。 「あの石とは違うんですけど、前に水島幸恵さんが怪物になって、 わたくしたちを襲った時がありましたよね」 「そんなことがあったわね」 「その時、幸恵さんの額には黒いガーネットがついていましたわ」 「そういえば、あったわね」 美佳が起き上がった。「いろいろ調べたけど、結局何もわからな かったのよね」 「ええ。同じ石ではないですけど、額に埋め込まれているという点 で共通するものがあると思うんです」 「何かありそうな気がするわね。でも、今の段階じゃどうしようも ないわ」 「事件が起こるのを待つしかありませんね」 「うん」 美佳は浮かない顔をして、呟いた。 続く