ファレイヌ2 第14話「危険な恋人」前編 登場人物 椎野美佳 声優。黄金銃ファレイヌの所有者 エリナ 美佳のマネージャー 赤宮 私立探偵 岡部 関東轟組若頭 西島健夫 高校2年生。美佳を慕っている 北川晴香 健夫のクラスメイト。健夫とは幼なじみ プロローグ 西島健夫は真っ白い部屋の中に立っていた。 窓もなく、ドアもない部屋。天井、床、四方の壁は全て白。匂い も音もない。足元にはドライアイスのような白い煙が立ち込めてい る。 「ここは?」 健夫は周りを見た。 健夫は2、3歩歩いた。すると、一瞬目の前の壁に近づいたよう な感じになるが、すぐに床がスクロールするかのように、壁との距 離がまた元の距離に戻ってしまう。 健夫はいくら歩いても、わずか2メートルの距離にすぎない壁に たどり着くことは出来なかった。 −−おかしいな 健夫は不思議に思った。かなり歩いたが、疲労感は全くない。 −−一体、どうなってんだ 健夫は何となく腰を下ろしたい気分になって、その場に座ろうと すると、いつのまにかすぐ後ろに白いベッドがあった。 健夫はこれはいいとばかりにベッドに腰を下ろした。 −−これは夢だな、きっと。このベッドで寝れば、元の世界に戻 れるかもしれない 健夫はそう考えて、ベッドの布団に入った。 「さて、寝るか」 健夫が枕に頭を乗せた時、自分の左肩に何かが当たっているのに 気づいた。 健夫は手探りでその何かを触ると、それはマシュマロのように柔 らかかった。 −−何だろう さらにいろいろ触れてみると、それはかなり大きかった。 −−クッションか何かかな 健夫は体を横にして、布団をそっと捲った。 −−!!! 次の瞬間、健夫の顔が引きつった。 健夫の横には全裸の美佳がいたのである。 「あ、荒木さん」 健夫は今にも卒倒しそうな顔で言った。 「健夫君、一緒に寝よ!」 そういうと、美佳は突然、健夫に抱きついて、キスを迫ってきた 。 「わぁ、待ってください、ちょっと」 健夫は体をばたつかせて、あたふたした。その拍子にベッドから 落っこちた。 ドスン! 健夫はベッドから落ちて、床に顔をぶつけた。 「うう、いてて」 健夫は顔を押さえながら、体を起こした。 顔を上げると、窓から日がさし込んでいた。 健夫は目を細めながら、周りを見渡すと、そこはいつもの健夫の 部屋であった。 「夢か……」 健夫は頭を振った。 「このところ、荒木さんの夢ばっかりだ」 健夫は再びベッドに戻ると、うつろな目で天井を見つめた。 1 教室 慶明第一高校−− この高校は、西島健夫と彼の幼なじみの北川晴香の通う学校であ る。 「はあ……」 健夫は窓の外をぼんやりと見ながら、大きくため息をついた。彼 は今朝から教室に入って、自分の席に着くなり、ずっとこんな調子 であった。 「……」 彼のそんな様子を、晴香は自分の席からじっと見つめていた。 「晴香、おっはよ」 友人の高梨恭子が晴香に声をかけた。 「あっ、おはよう」 少し間を置いて、晴香は挨拶した。 「どうしたの、晴香、怖い顔しちゃって」 「べ、別に怖い顔なんてしてないわよ」 晴香は自分の顔を触って、言った。 「さては、また西島君と喧嘩でもしたんでしょ」 恭子がからかうように言った。 「知らないわよ、あんな奴のことなんか」 晴香はつっぱねた。 「あー、やっぱり喧嘩したんだ」 「な、何でよぉ」 晴香は向きになった。 「だって、あたしが声かけるまで、晴香、恨めしそうな目で西島君 見てたもの」 「う、嘘よ、そんなことないもん」 晴香は強く否定した。しかし、表情の方は当惑している。 「悪いことは言わないから、お姉さんに話してみなさい。相談に乗 って上げるから」 恭子は晴香の前の席に座った。 「誰がお姉さんよ。同い年じゃない」 「あたし、今日、誕生日だから、17歳なの。だから、晴香よりも お姉さんよ」 「1年わたしより老けたってことね」 「やな言い方。それより、話しなさいよ。どうして怒ってるの?」 「怒ってなんかいないって言ってるじゃない」 「でも、最近、晴香、西島君と一緒に学校、来てないでしょ。帰り も別々だし」 「たまにはそういうこともあるわよ」 「たまにぃ?ここのところ、ずっとじゃない」 「恭子には関係ないでしょ。ほっといてよ」 晴香は腕を枕にして、机で寝たふりをした。 「おはよう」 その時、西島の友人の野口が教室に入ってきた。 「野口君、おはよう。ねえねえ」 恭子が野口を呼んだ。 「何か用?」 野口がカバンを持ったまま、恭子の方へやってきた。 「野口君、西島君のこと、聞いてない?」 「聞いてないって何を?」 「晴香のことよ。晴香、西島君と喧嘩してるみたいなの?」 「ちょっと変なこと言わないでよ」 晴香が真っ赤になって顔を上げた。「野口君、こんな奴相手にし ないでいいから、あっちへ行って」 「こんな奴とは何よ」 「ああ、喧嘩してることは知らないけど、西島の奴、好きな女が出 来たみたいだぜ」 「ええっ、好きな女!」 恭子が嬉しそうな声を上げた。「誰、誰?」 「よく知らないけど、年上の女性でさ、同じ部屋で一夜を共にした こともあるらしいぜ」 「ほんとに!ほんとに!きゃー、どうしよう。晴香、知ってた?」 恭子は一人で盛り上がっている。 「……」 晴香はもう勝手にしてと言わんばかりに、そっぽを向いた。 「ところがさ、その女は何も言わずに西島の前からいなくなっちま ったんだ。それ以来、女のことが忘れられなくて、あいつ、すっか り腑抜けになってるみたいだぜ」 野口は可笑しそうに言った。 ガタッ! 晴香は席を立った。 「晴香、どうしたの?」 恭子は晴香を見上げる。 「トイレよ!」 晴香はむすっとした顔でそういうと、教室を出て行った。 2 帰り道 夕方、学校の校門を出た健夫を晴香が捕まえた。 「ねえ、一緒に帰ろ」 晴香が健夫の腕を取って、言った。 「−−他の奴と帰れよ。変な目で見られるだろ」 健夫は冷たくそういって、さっさと歩いていく。 「健夫!」 晴香は込み上げる怒りを心で押さえつけながら、健夫についてい った。 「ねえ、あの人のこと、まだ想ってるの?」 「あの人って誰だよ」 「荒木さんのことよ」 晴香の言葉に健夫の眉がぴくっと動いた。 「……おまえには関係ないだろ」 「関係ないかもしれないけど、いなくなった女のことでいつまでも うじうじしてるなんて、健夫らしくないよ」 「うるせえな−−」 「あの人のこと、好きなの?」 「……」 健夫は黙り込んだ。 「−−好きなんだね、そう……」 晴香は元気のない声で言った。 「わたし、寄るところがあるから、じゃあね」 晴香は通学路の途中で健夫と別れた。 「晴香……」 健夫はしばらく晴香の背中を見送っていたが、やがて頭を振って 駆け出した。 3 策謀 関東轟組事務所−− レディ・カイゼル事件で組員を椎野美佳に痛い目に会わされた若 頭の岡部は、美佳への復讐のために策謀を巡らせていた。 社長室に一人の男が入ってきた。 「待っとったで、赤宮」 デスクの岡部は笑顔で出迎えた。「あの女のことはわかったんや ろうな」 「ええ」 医者のような口調で話すスーツ姿の男−−赤宮はカバンから資料 を取り出した。 この男は赤宮啓吾と言い、岡部子飼いの私立探偵である。 「椎野美佳、20歳。1970年4月28日生まれ。職業、声優。 声優歴5年。身長162センチ、体重45キロ。最終学歴、高校卒 。趣味、なし。主な経歴、全国小学生テニス選手権6年連続入賞。 病歴、13歳の時にアキレス腱断絶。家族、両親と姉一人。3年前 に全員死亡。現在はエリナというマネージャーと同居。以上です」 「何や、それじゃあ、一般人とたいして変わらんやないか」 「まあ、そうですな」 赤宮はメガネの位置を直した。 「アホ、ぬかせ。そないな女がうちのナンバー1の鮫島をどないし て倒すんや」 「それなんですが、素行調査をする限り、この女には前科もなけれ ば、裏世界とのつながりも見られません。全くもって、どうやって 銃の腕を覚えたのか、銃をどこから入手したのか、見当がつきませ んな」 「その銃のことなんやが、鮫島の話だと、金色のえらくでかい銃を 片手で使いこなした上に、弾丸をカーブさせたそうや。その辺、ど うなんや?」 「それに関しては、現実的には全く考えられないことですな。そも そも弾丸が残らず、しかもカーブして相手に命中させることの出来 る銃など聞いたことがありません」 「それを調べるのが、おまえの仕事やろ。おまえには高い金、出し とるんや、頼むで」 「正直言って、実際、その銃を見てみないことには私としてもどう しようもありません」 「というと?」 「部下を貸してもらえますかな。一度、彼女の実力を確かめてみた い」 「ええやろ、好きなだけ連れていけ」 「わかりました」 赤宮はそういうと、不気味に笑みを浮かべた。 4 帰宅 その夜の遅く、西島が三日ぶりに自宅に帰ってきた。 西島はC警察署捜査2課の刑事で、健夫の父親である。 自分の部屋にいた健夫は、玄関の声で父親が帰ってきたのを知る と、すぐに階段を降りて、玄関に出迎えた。 「おかえり」 「おお、ただいま」 西島は疲れた様子ではあったが、笑顔を作って、言った。 西島は刑事ドラマに出てくるような亭主関白の頑固そうな刑事と いうよりは、温厚なサラリーマンタイプであった。 家庭では、健夫がどんなに憎まれ口をきいても、素直に受け止め 、ほとんど怒らない。健夫は、西島に時には父親らしい威厳を見せ てもらいたいと思っているのだが、しかし、いつも自分に自然に接 してくれる西島に尊敬の念を抱いているのも事実であった。 「親父、話があるんだけど」 「何だ?」 「前に浅野さんの家に荒木さんって秘書がいただろ」 「ああ」 「その人、今、どこにいるのかなと思って」 「荒木さんか−−彼女にはいろいろ世話になったな。そういえば、 おまえ、荒木さんと裏で何かやってたようだな」 「そんなことどうでもいいだろ。それより、知ってるのか、知らな いのか」 「彼女には事件の後、2、3度事情聴取をやって以来だな。浅野さ んのところもくびになったんだろ。今は何をやっているのかな」 「−−何だ、親父も知らないのか」 健夫はため息をついた。 「どうした、彼女にでも惚れたのか」 西島はニヤッと笑って、言った。 「ち、違うよ、何言ってんだよ」 健夫は顔が引きつった。 「若いうちの恋はいいもんだぞ、健夫、がんばれよ」 西島はそういうと、鼻歌を歌いながら、奥の部屋の方へ歩いてい った。 「何が恋だよ、俺はただ−−」 健夫は膨れたが、心中は否定できなかった。 5 写真 翌日の慶明高校の昼休み−− 晴香は恭子と教室で弁当を食べていた。 「ねえ、西島君とは仲直りした?」 「もういいでしょ、その話は」 晴香はむすっとした顔で弁当を食べ続けた。 「つらいのよ、うら若き乙女がさ、失恋してやけ食いに走り、デブ になっていく姿を見るのが」 「誰がデブよ。言っとくけど、健夫とは単なる幼なじみで、恋人で もなんでもないんだから」 「ほんとに?」 「本当よ」 「じゃあ、あたしがとっちゃっても、文句言わない?」 「取れるものなら、どうぞ」 「あーん、つまんない。晴香ったら、全然挑発に乗ってくれないん だもん」 「あんたがつまらないこと言うからよ」 晴香はパックのコーヒー飲料をストローで飲んだ。「でも、恭子 は健夫に気があるわけ?」 「あるわけないじゃん。あたしはリュウ様一人よ」 「リュウって誰?」 晴香はキョトンとした顔で尋ねた。 「これよ」 恭子は机の中からアニメ雑誌を取り出して、ページを開いた。そ こには戦闘服を着た筋骨隆々の二枚目男性キャラクターが掲載され ている。 「アニメのキャラクター?」 「そうよ。リュウ様に比べたら、世間の男なんて目じゃないわ」 恭子は目を輝かせて、言う。 「恭子もおたくねぇ」 「いいでしょ、好きなんだから」 「どれ、見せて」 晴香は恭子からアニメ雑誌を取り上げて、ぱらぱらとページを捲 ってみた。晴香は週に3、4本のアニメは観るが、雑誌を買うほど のファンではなかった。それだけに、こういう雑誌を見るのは初め てだった。 「本当に情報雑誌って感じね。もっとおたくっぽいものかと思った けど、普通なんだ」 晴香は感心しながら、読んでいると、ふとあるページのところで 手が止まった。それは声優紹介の記事であった。 「この写真−−」 晴香は目を細めた。そのページに載っていた写真は椎野美佳だっ た。 「ねえ、この人、どういう人?」 晴香は写真を指さして、恭子に聞いた。 「ああ、相木美佳さんよ。本名は椎野美佳っていうのかな。それほ ど売れっ子ってわけじゃないけど、アニメのちょい役では結構顔だ してるわよ。確かR放送で毎週土曜深夜に『相木美佳の今夜もラブ リーナイト』って番組やってるから、聴いてみたら?」 「へえ、声優なんだ……」 晴香は考え込んだ。 「どうしたの?」 真面目な顔をしている晴香を見て、恭子は聞いた。 「え、何が?」 晴香は恭子を見た。 「いや、真剣な顔してるから」 「ちょ、ちよっとね。あのさ、恭子、この番組の収録スケジュール ってわかる?」 「そりゃあ、調べれば」 「お願い、後で教えてくれる?」 「いいけど、急にアニメファンになっちゃったの?」 「そ、そう、アニメっていいなあと思って」 晴香は笑顔を作って言ったが、本当は別のことを考えていた。 6 面会 数日後−− 椎野美佳は仕事の帰り道、マネージャーのエリナと後輩の三野愛 子の3人でサウンドショップに立ち寄った。 この店は売り場スペースが広く、CDの数も豊富なので、美佳の お気に入りの店である。 「あった、あった、ジャック・レナーのCD。これが発売されるの をどんなに待ち望んだことか」 美佳はCDを手にしながら、満面の笑みを浮かべた。 「ねえ、ねえ、先輩、聴いたらさ、私にもダビングさせて」 愛子は美佳の肩を揺すぶりながら、ねだった。愛子は凌雲高校の 2年生で、劇団員である。美佳とはアニメ番組の仕事をきっかけで 、知り合い、高校の先輩後輩ということで付き合いが始まった。 「やあよ。あんたも欲しかったら、自分で買いなさい」 「そんなぁ、私、今月のお小遣い、苦しいんだもん」 「それじゃあ、来月まで我慢したら」 美佳はいたずらっぽく言った。 「そんなに我慢できなぁい。ねえ、ダビングさせて」 愛子が大きく体を揺すった。 「ああ、わかった、わかった。わかったから、お店で軽々しくダビ ングなんて言葉を使わないでよね」 美佳はちょっと人目を気にして、言った。 店内の客はほとんどが会社員であった。 美佳はCDを持って、レジの方へ行こうとした。 その時、エリナが美佳のところへ駆けてきた。 「ねえ、これも買いましょう。中古CD売り場で見つけたんです」 「どれ」 美佳がエリナからCDを受け取ると、ぎょっとした。 「何よ、これ、私のアルバムじゃない」 「そうですわ、たった100枚しか売れなかったという幻の相木美 佳ファースト・アルバムですわ。一枚、50円ですって」 エリナが笑顔で言った。 「50円……まあ、値段がついてるだけ、いっか」 美佳は情けない顔でCDを見ながら、それもまとめてレジへ出し た。 3人が店を出て、駅の方へ歩き出すと、後ろの方から誰かが声を かけた。 「あのぉ−−」 「?」 美佳たちは振り向いた。 後ろには制服を着た女子高生が立っていた。 「あ、あなた」 美佳はその少女の顔を見た途端、すぐに思い出した。「あなた、 確か健夫君の−−」 「お話があるんですけど、いいですか」 晴香は真剣な表情で言った。 「誰なんですか?」 エリナが小声で美佳に聞く。 「パンプキンヘッドの事件でね、ちょっと。悪いけど、あいっぺと 二人で先に帰ってくれる?」 「わかりましたわ」 エリナは愛子を伴って、駅の方へ歩いていった。 「行きつけの喫茶店があるから、そこで話そ」 美佳は晴香の方に歩み寄って、言った。 「はい」 晴香は静かに返事をした。 7 狙撃 美佳と晴香は喫茶店に入ると、コーヒーとメロンソーダを注文し て、早速話を始めた。 「よく私がここにいるの、わかったわね」 美佳はメロンソーダを口にしてから、言った。 「アニメ雑誌で偶然にあなたの写真をお見かけして、スケジュール を調べたんです」 「ふうん。それで何か用なのかな」 「荒木さん−−いえ、椎野さんは健夫のこと、どう思ってますか」 「どうって−−」 意外な質問に美佳は戸惑った。「別に何とも思ってないけど」 「そうですか−−」 晴香はコーヒーを飲んで、少し間を置いてから、言った。「でも 、健夫の方はそうじゃないんです」 「そうじゃないって?」 「健夫、あなたのこと、好きになったみたいなんです」 「ははは、まさか」 美佳は照れたように笑った。 「どうして、まさかって言えるんですか」 晴香は強い口調で言った。 「そ、それは−−」 美佳は晴香の言葉に圧倒された。 「健夫は、小さい時からわたしが近くにいたから、女性に対して異 性を意識したことってあまりなかったんです。それが、あのパンプ キンヘッドの事件であなたと行動を共にしてから、初めて女性を意 識するようになって……あなたを本気で好きになったみたいなんで す」 「健夫君がそういったの?」 「健夫は何も言わないけど、見てればわかります。あの事件以来、 毎日、学校では思い詰めたように窓を見て、ため息ばっかりついて 。授業も全然聞いてないし、学校の行き帰りだって、物思いにふけ ってばっかりいるんです」 「風邪ひいてるんじゃないの?」 「違います!」 晴香は声を荒げた。「椎野さん、わたしの言ってること、真剣に 聞いていないんですね」 「そんなことはないわよ。ただ、あなたは私にどうしてほしいわけ ?」 「健夫と会ってください」 「彼と?」 「このままだと、健夫、おかしくなってしまいます。もしあなたと 会えば、きっと−−」 「晴香さん、健夫君のことが好きなのね」 美佳は微笑んで、言った。 「違います。わたしはただ幼なじみとして心配してるだけです」 「幼なじみか、いいなぁ……わかったわ、会ってあげる。そのかわ り、彼とは偶然会ったことにするわよ。あなたが世話を焼いたと彼 に知れたら、あなたも困るでしょ」 「−−お願いします」 晴香は美佳の返事を聞いて、急に表情が和らいだ。 「さて、帰ろうか」 美佳はテーブルの上のレシートを取ろうとした。 ピシッ!! その瞬間、窓にクモの巣状のひびが入ったかと思うと、テーブル のグラスが砕け散った。 「きゃあ」 晴香が驚いて、席を立つ。 「銃弾!晴香さん、伏せて」 美佳はそう言うと、すぐさま窓を見た。 窓の向こうに拳銃を手にした男のいる車が見える。 その時、二発目の弾丸が窓に風穴を開けた。 「ちっ」 美佳はすぐに店を飛び出した。すると、車は逃げるように急発進 した。美佳は追いかけようともしたが、車の姿はすぐに見えなくな ってしまった。 −−一体、誰が 「椎野さん、大丈夫ですか」 店を出た晴香が、心配そうに美佳のところへやってきた。 「晴香さん、ひょっとしたら、彼にしばらく会いに行けないかも知 れないわ」 美佳は真剣な顔で言った。 8 事件後 狙撃事件から数分後、警察が到着した。 店内の現場検証が行われる中で、警視庁捜査一課警部の牧田奈緒 美が美佳から事情を聞いていた。 「また狙われたそうね」 「まあ、いつものことよ」 美佳は苦笑して、言った。 「椎野さん、そんなにいつも狙われるんですか」 そばで聞いていた晴香が言った。 「この子の狙われ方は半端じゃないわよ。暴力団はおろか、世界的 な犯罪結社からも目をつけられてるんだから」 「そ、そうなんですか」 晴香は呆然となった。 「ちょっと、ナオちゃん!」 美佳が奈緒美を肘でつつく。 「悪い、悪い、ちょっと口が滑っちゃったわ。それで彼女が狙われ たってことはないの?」 奈緒美がちらりと晴香を見て、言った。 「弾道は間違いなく私よ」 美佳が言った。 「心当たりは?」 「ありすぎて、困るわよ」 「でしょうね。一応、警察として全力をつくすけど、あまり期待し ないでね。後のことは私が何とかやっておくから、もう帰っていい わよ」 「ありがと。さあ、晴香さんも暗くなる前に帰らないと」 美佳は晴香と一緒に店を出た。 「椎野さん、あなた、どういう人なんですか」 「どういう人って、ただの声優よ」 「声優が銃で狙われるはずないじゃないですか」 「あら、それはわからないわよ。それより、晴香さん、もう私に近 づかない方がいいわ。健夫君のことは何とか考えておくから、それ じゃあね」 美佳はそう言うと、小さく手を振って、駅の方へ歩いていった。 「あの人、一体、どういう人なのかしら」 晴香はますます彼女のことがわからなくなった。 9 標的 空が青いフィルターをかけたように薄暗くなり始めた頃、椎野美 佳は神社の境内にいた。彼女は自宅近くの駅を降りてから、途中立 ち寄ることなくまっすぐこの神社に来た。 境内には彼女以外に人影はなかった。鬱蒼と茂る木々の中、美佳 は湿った道を振り返ることなく歩いていた。 「7人か……」 美佳は立ち止まった。 「こそこそ隠れてないで、出てきたら。わざわざ人のいないところ まで案内してあげたんだからさ」 美佳が大声で言うと、美佳の背後の木々の陰から次々とサングラ スをかけた風体の悪い背広姿の男たちが出てきた。その数は6人い た。 「うちの兄貴を痛めつけてくれたお礼参りに来たぜ」 男たちの一人が言った。 「さっきの狙撃もあんたたちね」 「そうさ」 「あんたたちは愚かね。復讐は復讐しか生み出さないってことに気 づかないの」 「うるせえ」 男たちが一斉に拳銃を抜いた。 「女一人相手に飛び道具を使うわけ?やくざも落ちたもんだわ」 美佳は男たちを睨み付けた。 「悪いが、頭の命令なんでな。苦しまずにあの世へ送ってやるよ」 「そう。だったら、私もやるしかないわね」 美佳は首にかけたペンダントの十字架を掴んだ。すると、ペンダ ントが黄金銃に変化する。 「撃て!」 男の一人が命令した。同時に美佳が駆け出す。 パンッ!パンッ! 弾丸が美佳の隠れたイチョウの木に命中した。 「どこ狙ってんのよ」 美佳はあかんべーをして、再び駆け出す。 「追え、逃がすんじゃねえぞ」 男たちは走りながら、発砲した。 −−拳銃ってのは闇雲に撃てば、当たるってもんじゃないのよ 美佳は次から次へと木々に移りながら、逃げて行く。男たちの銃 弾は薄闇の影響と木々の障害物に遮られ、美佳には全く当たらなか った。 「どこだ、どこへ行った」 神社の前まで来て、男たちが集結した。 「逃げ道はないはずだぜ」 「神社の中か」 男の一人が賽銭箱のそばに近寄った瞬間、どこからか光の弾丸が 飛んできた。 「うあっ」 弾丸が男の一人の命中し、倒れた。 「どうした!」 他の男が近づいて行くと、またもどこからか光弾が飛んできて、 次々と男に命中する。 「畜生、どこから撃ってきやがるんだ」 男は周囲を見回した。 「うあっ!」 そうしてる間にもまた一人、倒れた。 「くそぉ」 男は闇雲に発砲した。 「バカ、やめろ、あぶねえ」 リーダーらしい男が頭を伏せながら、叫んだ。 「ぐあっ」 だが、銃を乱射していた男が突然、倒れた。 とうとう、倒れていないのはリーダーらしい男一人になった。 「どうなってんだ、相手が見えねえ」 男は焦っていた。 回りを必死にきょろきょろ見回している。 グォーン! その時、光弾が男の銃に命中し、破壊された。 「うあっ」 男は手を押さえた。 「ど、どこだ、出てきやがれ!」 男は空威張りのような口調で叫んだ。 「ここよ」 イチョウの大木の上から美佳が飛び降りてきた。 彼女の右手には黄金銃が握られている。 「よ、よくもやりやがったな」 「仕掛けたのはあなたたちでしょ」 「こ、殺すんなら、殺せ!俺たちをやれば、今度はもっと大群で押 し寄せるぜ」 「あんたたち、どこの組の連中?」 「そいつは言えねえな」 グォーン! 美佳の黄金銃が火を噴いた。光弾が男の右肩を打ち抜く。 「早く言いなさい!」 「わ、わかった。関東轟組だ。か、勘弁してくれ」 男は急に怖じ気づいてしまった。 「だったら、あんたらの組長に言いなさい、今日は許すけど、次は ただじゃ済まさないわよってね」 美佳はそう言うと、男の背を向け、鳥居の方へ歩いていった。 「ふっ、バカめ」 男はニヤッと笑うと、懐に隠し持っていたもう一丁の拳銃を抜い て、美佳の背中を狙った。 グォーン! 「なにっ!」 光弾が突然、美佳の肩口から飛んできた。 「あっ……」 光弾は男の額に命中した。男はどさっと荷物のように倒れる。 美佳はそのまま振り向くことなく、闇の中に姿を消した。 しばらくして、神社の陰から赤宮が出てきた。手にはビデオカメ ラが握られている。 「驚いたな、あの女、ただもんじゃないぞ」 赤宮は唖然として、呟いた。 続く