ファレイヌ2 第15話「危険な恋人」後編 10 決断 晴香は自宅に戻ってから、自分の部屋に閉じこもって、考え事を していた。 −−椎野美佳って人、一体、どういう人なんだろう。自分の目の 前に銃弾が飛んできたのに、表情一つ変えないあの落ち着きよう。 刑事と話してた時の慣れたような口ぶり。あんな人と健夫が付き合 うことになったら、大変なことになるわ。 晴香はアニメ雑誌に載っていた美佳の写真の笑顔からは想像でき ない裏の姿に不安を覚えた。 −−何とかしよう 晴香は椅子から立ち上がると、自分の部屋を出た。 晴香は自宅のすぐ向かいにある健夫の家を訪ねた。 「あら、晴香ちゃん、どうしたの」 健夫の母親の宣子が玄関に応対に出た。 「健夫、いますか?」 「いるわよ。ちょっと待ってて」 宣子は大声で2階の部屋にいる健夫を呼んだ。「わかった」とい う返事がして、少ししてから健夫が階段を降りてくる。 「よう」 健夫は挨拶した。 「こんばんは」 晴香はぎこちない様子で言った。健夫と会話を交わすのは、今日 は初めてだった。 「あのさ−−」 「俺、今、忙しいんだ。用があるなら、言えよ」 健夫はつっけんどんに言った。 「健夫、なぁに、その言い方」 宣子が二人の会話に口を挟む。 「お袋は向こうへ行っててくれよ」 健夫はそう言って、宣子を台所へ追いやってしまう。 「それで、用って?」 「健夫、荒木さんのこと、諦めなよ」 晴香は伏せ目がちに言った。 「諦める?何言ってんだよ、おまえ」 「あの人は駄目だよ。あの人と付き合ったら、健夫、命がなくなっ ちゃうよ」 晴香は健夫に訴えるような目をして、言った。 「晴香、それどういうことだよ」 健夫は晴香の両肩をつかんだ。 「あの人は危険だよ、だから、忘れた方がいいよ」 晴香は譫言のように言った。 「おまえ、荒木さんのことで何か知ってるんだな。教えてくれ」 「知らないよ、何も」 晴香は健夫に背を向けた。 「じゃあ、どうしてそんなこと言うんだよ」 「それは−−」 「晴香!」 健夫は晴香を向き直らせた。 「頼む、教えてくれ。俺、どうしても荒木さんに会いたいんだよ。 お願いだ」 「健夫……」 「なあ、晴香」 健夫は晴香を見つめる。 「一つだけ聞かせて。健夫、荒木さんのこと好きなの?」 晴香の言葉に健夫は一瞬、考え込んだが、 「よくわからない。ただ会いたくて仕方ないんだ。毎日、彼女のこ とが夢にまで出てきて−−」 「そんなにまで、あの人のこと−−」 晴香はもう健夫の気持ちが自分の方に向かないことを悟った。 「わかったわ。教えてあげる」 晴香は自分の表情が崩れるのを抑えながら、ぽつりぽつりと話し た。 11 ビデオ画面 赤宮は岡部のマンションを訪ねると、神社での美佳とやくざのや りとりを納めたビデオカメラの映像を岡部に見せた。 「何や、あの光の弾は?」 岡部はテレビ画面を見ながら、呟いた。 「椎野美佳の黄金銃から発射された弾丸です。見てください、弾道 が全て曲がっているでしょう」 「ああ」 「彼女は木の上に隠れて、銃を発射しているわけなんですが、弾丸 はただ無意味に曲がっているわけではなく、確実に組員に命中して います」 「うむ」 「これは最後の方の映像です。彼女が帰ろうと背を向けたところを 、組員が背後から拳銃で狙うわけなんですが、この時も彼女は後ろ を向いたまま、銃口も前に向けたまま、銃を発射しています。そし て、組員の額に命中している」 「驚異的やな」 「ええ。これはほとんど魔法ですよ。科学では理解できませんな」 「ほお、この女は魔女というわけかいな」 「そう理解した方がいいですな。私としてはこれ以上の彼女への攻 撃は薦められません」 「だが、奴はわしらが仕掛けたことをしっとるんやろ。攻めてくる んやないか」 岡部は珍しく心配そうな口調で言った。さすがにこの映像を見せ られては、強者の岡部も怖じ気づいてしまう。 「何とも言えませんが、彼女は好戦的な人間ではないようですから 、交渉次第では何とかなると思いますよ」 「ほんまか」 「私が交渉してみます。そのかわり、轟組の連中には今後、一切、 彼女に手出しをしないよう伝えておいてください。でないと、轟組 は壊滅しますよ」 赤宮は落ち着いた口調で言った。 「わかった、何とかする」 岡部は頷いた。 「では、いくらか示談金を用意してください」 赤宮はそう言うと、意味ありげな笑みを浮かべた。 12 交渉 その夜、赤宮が椎野美佳のアパートを訪ねた。 「椎野さんですね。私は赤宮と言います」 玄関に応対に出た美佳に赤宮は名刺を渡した。 「−−私立探偵……どのようなご用件ですか」 美佳は名刺から赤宮の方へ視線を戻した。 「私は、関東轟組の代理の者としてやってきました」 赤宮の言葉で美佳の表情が厳しくなった。 「代理って、どういうこと?」 「神社でのご無礼の謝罪に参りました」 「謝罪!今さら、何言ってるのよ。そんなこと言って、また私の命 を狙うこと考えてるんでしょ」 「いいえ。あなたを狙うことはもうしません。その証拠にここに5 00万用意しました」 赤宮は分厚い封筒を美佳に差し出した。 「この金は示談金ってわけ?受け取れるわけないでしょ、そんなも の」 美佳はつっぱねた。 「しかし、轟組の若頭はあなたの報復を大変恐れていましてね。受 け取ってもらわないことには安心して、寝られないそうなんですよ 」 「勝手な言いぐさね、私を殺そうとしておいて」 「勝手なのは承知の上。今回のことはこの金でお許し願えませんか 」 「許してもいいわ。そのかわり、その若頭には警察へ自首するよう にいって。それが条件よ。金なんかいらないわ」 「いや、そればかりは飲めませんな。警察には何の容疑で出頭しろ と?」 「私への殺人教唆よ」 「そんなことをすれば、あなたが困ることになりますよ」 赤宮が目を光らせて、言った。 「どういうこと?」 「実は神社での銃撃の一部始終をビデオテープに撮ったんですよ」 「ビデオテープに?」 「若頭が逮捕されることになれば、そのビデオテープを証拠品とし て警察に提出しなければなりませんな。そうなったら、あなたも銃 刀法違反および殺人罪だ」 「さあて、どうかしら」 「そんな余裕の態度を見せても無駄ですよ。あなたの姿はこのビデ オテープに映っている」 赤宮はバッグからビデオテープを取り出した。 「あなたは私を恐喝するわけ?」 「恐喝とは穏やかではないですな。私はただお互い裏の世界の者通 し、仲よくやりましょうと言ってるんです。見たところ、あなたの 生活も楽ではなさそうだ。この500万があれば、助かるでしょう 」 「呆れたわね。今までいろんな人間、見てきたけど、あんたのよう な汚い人間を見るのは初めてだわ」 「いきがるのはやめなさい。ビデオテープを警察に提出してもいい んですか」 赤宮は穏やかな口調にも脅しを込めて、言った。 「やってみたら。ここに刑事さんもいるから」 「何!!」 赤宮が驚きの声を発した。 「ナオちゃん、話、聞いてたでしょ。彼、恐喝の現行犯よ」 美佳は部屋の奥に向かって、呼びかけた。 「そのようね」 部屋の奥から牧田奈緒美が現れた。 「おまえは……」 赤宮が青ざめた。 「警視庁捜査一課の牧田よ。あなたを逮捕するわ」 「畜生!」 赤宮は玄関を飛び出した。 「どうする、美佳?」 奈緒美が美佳を見る。 「私に聞くことないでしょ。ナオちゃんの仕事だもん」 「ビデオ、やばいんじゃない」 「私はそんなへまはしないわ。どんな映像が写ってるかは知らない けど、このファレイヌは弾丸も残らないし、普段はこのペンダント なんだから、現行犯でもない限り、捕まることはないわ」 美佳はペンダントをちらっと見て、言った。 「でもね−−」 「その時はその時よ。あんな奴に屈するくらいなら、投獄された方 がましよ」 「わかった。美佳がそう言うんなら、何も言わないわ。早速、あの 男を警察に手配しましょ」 奈緒美はそう言うと、電話をかけに部屋の奥へ戻っていった。 13 逃走 「畜生、何て女だ」 赤宮は夜道を懸命に逃げながら、呟いた。 −−このままじゃ、逮捕されてしまう。それだけじゃない。岡部 さんが逮捕されるとなれば、轟組の連中は私が裏切ったと思うだろ う。そうなったら、身の破滅だ。 赤宮はこれまで様々な危険にあってきたが、これほど四面楚歌に 追い込まれるのは初めてだった。 −−ただの小娘だと思っていたのに。こうなったら、ビデオを公 表してやる。ただし、警察じゃない。テレビ局だ。 14 朝 「頭、赤宮が逃走しやした」 翌朝、組員が血相を変えて、岡部のマンションに駆け込んだ。 「何やて。どういうことや」 「赤宮をつけてたマサの話だと、赤宮は美佳のアパートを逃げるよ うに出ていくと、その夜のうちに自分のアパートで身支度を整えて 、出ていったそうです。どうやら、美佳との交渉に失敗して、恐く なったみたいですぜ」 「それで今、奴はどこに?」 「今、マサがつけてます」 「畜生、赤宮の奴、わしに連絡してこんと思ったら……奴には、金 を持たせてあるんや」 岡部は歯ぎしりした。「ヤス!うちのもん動員して、赤宮を捕ま えるんや」 「へい!」 組員はマンションを飛び出した。 「おのれ、赤宮。こうなったら、わしもぼやぼやしてられん」 岡部も慌てて着替えて、マンションを出た。 15 テレビ局攻防戦 「美佳さん、本当にいいんですか」 仕事先のテレビ局へ向かうタクシーの中で、エリナは美佳に言っ た。 「何が?」 「あの男のことです。追い詰められたら、何をするかわかりません わ。ビデオをもし本当に公表されたら」 「大丈夫だって。心配ないわよ」 美佳はあっけらかんとした様子で言った。 「どうしてそんな落ち着いてられるんですか。警察に逮捕されるん ですよ」 「エリナは心配性だなぁ。この際、こういう成り行きになっちゃっ たんだから、仕方ないでしょ」 「それはそうですけど−−」 「赤宮の心配より仕事よ。今日は生でクイズ番組のナレーションを やるんだから。頑張らなくっちゃ」 美佳は意気込んだ。 それから、5分ほどしてテレビ局にタクシーが着いた。 料金を払って、美佳たちはタクシーを降りた。 二人はテレビ局に入り、受付で入局バッジをもらうと、エレベー ターの方へ歩いていった。 その際、エリナはテレビ局のプロデューサーらしき男と話す赤宮 の姿を見つけた。 「み、美佳さん」 エリナは台本を読みながら歩いている美佳の肩を叩いた。 「ん?」 美佳は顔を上げた。 「赤宮があそこに!」 エリナが指差した。 「ほんとだ。あいつ、あのビデオをテレビに流す気なんだわ」 「どうします?」 「どうするも何も目の前にいるんなら、とっつかまえるわ」 美佳がそう言って、赤宮の方へ歩きかけた時だった。 テレビ局の入口の自動ドアが開いて、風体の悪い男たちがぞろぞ ろと十数名、入ってきた。 辺りが一瞬、静まり返った。 「赤宮、見つけたで!!」 集団の真ん中にいた岡部が赤宮を見つけると、大声を上げた。 そのドスの利いた声に赤宮も気づいた。 「よくもわしを裏切ってくれたな!!」 岡部の顔は怒りに満ちていた。 赤宮は血相を変え、話をしていた男に袋を預けると、フロアの奥 の方へ逃げ出した。 「追え!!」 岡部が命令すると、組員が一斉に駆け出す。 「待ちなさい!!」 だが、組員たちの前に美佳が両手を広げて、立ちふさがった。 「何だぁ、てめえは!!!」 岡部が怒鳴る。 「こんなところで暴れたら、私の番組が放送中止になっちゃうでし ょ」 美佳は台本を握りしめて、言った。 「美佳さん、この場合、そういう問題では−−」 「エリナは黙ってて。何の用か知らないけど、争いごとなら他でや って」 「ほお、ええ度胸しとるなぁ、おまえぇ」 岡部が組員たちの前に出る。 「頭、この女は例の黄金銃の女ですぜ」 組員が岡部に耳打ちした。 「何やて…」 岡部の顔が一瞬、ひきつった。 「いい機会ですぜ。この女、しばいたりまひょ」 「アホ、ぬかせ。この女には、8人もやられとるんや」 「それなら大丈夫ですわぁ。まさか、往来で銃を抜くこともありま へんやろ」 「そやな。よし、その女を捕まえろ!仲間の仇や」 岡部の命令で今度は美佳に組員が襲いかかった。 「全く、懲りない連中ね」 美佳は魔法のヘアバンドを装着した。彼女の体が光に包まれ、キ ティ・セイバーに変身した。 「悪いけど、超スピードで倒させてもらうわよ」 キティはさっとジャンプして、組員の背後に回り込むと、目に見 えないようなパンチとキック連発して、数秒で組員全員を伸してし まった。 「そんな、おまえ、化けもんか……」 岡部は先程の威勢の良さはすっかり消えて、怯えていた。 「あんたが轟組の若頭ね」 美佳はヘアバンドを外して、岡部に近づいてきた。 「ま、待て、話し合おう」 「赤宮から聞いてなかった?今度、やったら、どうなるか」 「もうやりまへん。そやから、勘弁してくれ」 岡部は頭を床につけて、土下座をした。 その時、騒ぎを聞きつけた警備員が大勢やってきた。 「おしなしく、警察に自首するのよ。でなかったら、本当に次はな いわよ。それから、私のこと言ったら、半殺しだからね」 美佳は岡部のそばで小声で言った。 「わかりました」 岡部は観念したように言った。 「君、大丈夫か」 警備員が美佳のところへやってきた。 「わ、私、殺されるかと」 美佳は急に恐怖に怯えたような顔をして、警備員に抱きついた。 「早くあいつら、捕まえて」 美佳は泣きそうな声で言った。もちろん、演技である。 「わかりました」 警備員が美佳を安心させるように言った。 しかし、現場は既に組員全員がのされ、警備員の活躍する場など なかった。 「美佳さん、赤宮が−−」 エリナが美佳を呼びに来た。 「ああ、そうだった。それじゃあ、後、お願いします」 美佳はエリナと共に赤宮を追っていった。 「中村さん」 警備員が警備部長の方へやってきた。 「どうした?」 「彼ら全員、気絶してますよ。一体、どうなってるんですかね」 「わからん」 警備部長はきょとんとした顔で言った。 警備部長の言葉は現場を見ていた人間全員に当てはまる言葉であ った。 16 屋上 赤宮はテレビ局の屋上に逃げ込んだ。 −−何て巡り合わせが悪いんだ。テレビ局でまで美佳と会うなん て 赤宮は息を切らしながら、よろよろとフェンスに体を預けた。 空は青く晴れ渡っていた。 しかし、今の赤宮には空を干渉する余裕などない。ただ、運命を 待つしかなかった。 美佳とエリナが屋上に現れた。 「やっとお出ましか」 赤宮はニヤリと笑って、言った。彼はもう開き直っていた。 「驚いたわ。昨日の今日で、テレビ局で会うなんてね」 「こっちもそうさ」 「ビデオテープを渡してもらおうかしら」 「ふふ、ビデオはプロデューサーに渡しちまった。今頃は全国へオ ンエアさ」 赤宮は笑った。 「まさか」 エリナがはっとした顔をする。 「ふうん。それで気が済んだわけ?」 美佳は平然とした顔で言った。 「ああ、私だけじゃなく、私を破滅させたおまえも破滅に追い込む ことが出来るんだからな」 「大袈裟ね。あんたは逮捕されるって言ったって、脅迫罪だけでし ょ」 「黙れ。おまえのせいで、私は一生、組から狙われ続けるんだ」 「あんたがタイミングの悪い時にうちに来るのが悪いのよ。今日の 夜なら、刑事もいなかったのにね」 美佳はくすっと笑って言った。 「そんなに落ちついていて、いいのか。おまえの正体が全国へ流れ るんだぞ」 「それは私の顔が写っていればでしょ。ビデオに撮られてるのは知 ってたからね。顔をとられるへまはしてないわ」 「何だと!」 −−確かにあのテープに美佳の顔は写っていない。 「まあ、組員を殺してれば、ニュースにもなるけど、あそこにいた 組員は気絶させただけだし、それほどあの映像は反響呼ぶかしらね 。普通の人が見たら、特殊撮影による映像だと思うんじゃない?」 「くっ!」 赤宮は美佳を睨み付けた。「だったら、なぜ俺を追ってきた」 「一つ、言いたいことがあって」 「何だ?」 「警察には言ってないわ、昨日のことは。あの刑事さんにも黙って くれるように頼んでおいたし」 「何だって」 「最初は警察沙汰にするつもりだったけど、急に考えが変わったの 」 「なぜだ」 「私が黙って済むことなら、何も事件にする必要ないでしょ。その かわり、今回だけよ」 美佳はウインクした。 「ふふ、とんだお人好しだな、君は……」 赤宮は苦笑した。 「それじゃあ、私は仕事があるから。それから、組員の方は全員、 のしておいたから、追っては来ないわよ」 美佳はそう言うと、エリナと一緒に昇降口の方へ消えた。 「椎野美佳−−不思議な女だよ」 赤宮は空を見上げた。 いつのまにか彼の心は晴れやかになっていた。 エピローグ 美佳たちが6階のFスタジオへ向かう通路を歩いていると、「椎 野さん」という美佳を呼ぶ声がした。 振り向くと、健夫が立っていた。 「健夫君」 美佳はちょっと驚いた様子で健夫を見た。 「さっきのやくざの喧嘩、すごかったですね」 「そうね」 「これ、ビデオテープ」 健夫はビデオテープを差しだした。 「これは−−」 「椎野さんが追っていた男が逃げる時にプロデューサーにそれを渡 していたのを見て、すぐに取り返したんです」 「そうなんだ。ありがと」 美佳はテープを受け取って、微笑んだ。 二人の間にそれから一瞬、沈黙が流れた。 「俺、何から話していいかわからないけど−−晴香から椎野さんの こと、聞きました。今日、ここへ来たのも椎野さんに会いたくて」 「それで」 「俺……」 健夫はいいにくそうに言った。 「何?」 「−−椎野さんのこと……」 健夫はもぐもぐとしゃべっていて、美佳にはよく聞こえなかった 。 「私、仕事があるから、話なら後で−−」 美佳がそう言いかけた時、健夫ははっとして顔を上げた。そして 、美佳の方をじっと見て、大きな声で言った。 「椎野さん、俺、あなたのことが好きなんです。俺と付き合って下 さい!」 その声は廊下に響くような声だった。 健夫は言い終わると、息が切れていた。 「健夫君」 美佳は健夫を見た。 「はい」 健夫はごくりと息を飲む。 「付き合ってもいいわ」 「本当ですか」 「ええ。でも、私と付き合うと、あなたにとって私は危険な恋人に なるかもしれないわよ」 「危険な恋人……」 「そうよ、命がけよ」 「それでも、構いません」 健夫はきっぱりと言った。 「そう、それじゃあ、また後で−−」 美佳はそう言うと、スタジオへ入っていった。 「やった−−」 健夫は感激に打ちふるえていた。 「???」 エリナは二人の突然のやりとりに、わけも分からずただ呆然と立 ち尽くしていた。 「危険な恋人」終わり