ファレイヌ2 第16話「最後の選択」前編 登場人物 椎野美佳 声優。黄金銃ファレイヌの使い手。 魔法のヘアバンドでキティ・セイバーに変身する エリナ 美佳のマネージャー カライス 魔界の使徒。バフォメット復活を企む アエロー カライスの妹 エレクトラ カライスの妹 1 呼び出し 午前1時、椎野美佳は自宅にかかった1本の電話で、目黒のK高 層ビルの屋上に呼び出された。 美佳はTシャツにジーンズという相変わらずの軽装だった。 屋上に着いた時、まだ誰も屋上にいなかったため、美佳は屋上の 端に立ち、階下の壮大な夜景を見ていた。 このビルの屋上はもともと立入禁止のため、転落防止用のフェン スはない。美佳もこのビルに来るまでは中に入れるかどうか不安だ ったが、実際には1階の裏口のドアも開いており、エレベーターを 使って、すんなり屋上まで行くことが出来た。途中、警備員とすれ 違うこともなく、屋上のドアも簡単に開いた。 どうやら、美佳を呼びだした人間が美佳に入りやすいようにあら かじめ準備しておいたようである。 しかし、その美佳を呼びだした肝心の人間がまだ美佳の前に姿を 現さなかった。 「午前1時に目黒駅近くのKビルの屋上へ来い」 夜中にかかった電話のメッセージはこれだけだった。誰とも名前 も名乗らない。しかし、美佳はこの電話の声だけで、それが誰かわ かった。 美佳はエリナの反対にあいながら、無理矢理、一人でこのビルに 来たのである。 「どうやら一人で来たようだな」 美佳の頭上で声がした。 美佳が空を見上げると、漆黒の夜空に男が立っていた。魔界の使 徒、カライスである。 「カライス」 美佳はカライスを睨み付けた。 空から美佳を見下ろしていたカライスはエレベーターで下りるか のようにすうっと立ったままの姿勢で、屋上に降り立った。 「あの電話で、何の疑いも抱かず、ここへ来るとはな。お人好しか 、それとも男に飢えているのか」 「人を呼んでおいて、随分と失礼な言い方ね。これでも、あなたの 声とわかったから、来たんだけど」 「それならなおさら驚きだ。君は敵の私がいるとわかっていながら 、ここへ来たのか。罠を張っているかもしれないと言うのに」 「変な言い方するのね。あなたは私にここへ来て欲しいから電話を かけたんじゃないの?」 「その通り。君がどんな人間か確かめてみたかったものでね」 「というと?」 「もしあの電話を君が無視すれば、君はそこいらの勘の悪い人間と 同じだ。だが、君はこうしてここへ来た。私がここにいると思って 。しかも、真っ直ぐにね」 「それで私がどんな人間かわかった?」 「ああ。君はかなりの自信家で、他人に対して思いやりのある人間 だね。普通、敵の私が待っているとなれば、罠だと思い、警戒する ものだが、君は寄り道もせず、時間通りに来た。来た理由はこうだ 。私の電話を無視すれば、報復で誰かを傷つける、そう考えたから だろう。さらに仮に罠にかかっても、自分にはその罠を振り払うだ けの力があると思っている。そうじゃないか」 「もう一つあるわ。例え罠でも、あんたを始末するにはこれがいい チャンスだと思ったのよ」 美佳は首にかけた金色のペンダントを握りしめた。すると、ペン ダントが輝き、黄金銃に変形する。 「なるほど。私を殺しに来たというわけか」 「そうよ。あんたは罪もない人を何人も殺したからね」 美佳は黄金銃の銃口をカライスに向けた。 「ほお、君はいつから法の執行官になったんだ」 「え……」 「君が私を裁くなら、君は誰が裁くんだ」 「わ、私は日本人だもん。日本の法律に従うわ」 「それなら、君はとっくに法律違反を犯しているんじゃないのか。 以前、レディ・カイゼルという殺し屋を殺したろう」 「それは−−」 「私も警察に捕まるんなら、納得行くがね、私と同じ人殺しに裁か れる覚えはない」 「あんたは人間じゃないわ。法律で裁けるわけないでしょ」 「それなら、君も同じだ。キティ・セイバーのような超人になれる 者が人間と言えるのか」 「……」 「もう一度、言うが、誰が君を裁くのか、教えてもらいたいね。我 々は別に我々の邪魔をしなければ、君に危害を加えようとは思わな い。それなのに、君は我々を敵視する。一体、なぜだ」 「あんたたちはバフォメットを復活させて、この世界を魔界の住処 にしようとしてるじゃない」 「それは誤解だ。我々はバフォメット様を媒介にして、魔界から自 然界への扉を開けてもらい、魔界の者を自然界へ移民させようとし ているだけだ」 「移民?」 「そうさ。我々は何も人間を滅ぼそうと考えているわけではない。 魔界からの仲間も自然界に入れて欲しいと要求しているだけだ」 「信じられないわね、そんなこと。アエローが前に言ってたわ。仲 間を増やすために人間の体を使うってね。第一、バフォメットを蘇 らすためには対象となる人間が必要なはずよ。前のデパートの事件 では、その人間を捜すために何人もの女性を犠牲にしたんでしょ」 「それは必要悪というものだ。バフォメット様が再生しなければ、 魔界の扉を開けることが出来んのでな」 「あれだけの人を殺しておいて、必要悪ですって」 「そうさ。人間界だって、新薬を開発するために何百人も人体実験 を行っているだろう。それと同じだ」 「同じじゃないわ。それなら、ぬいぐるみを使って女の子を悪魔に しようとしたことはどう説明するのよ」 「あれはアエローの行き過ぎた計画だった。もともとは君を倒すた めの仲間を組織するのが目的だったものでね」 「そんなことのために何の罪もない女の子たちを犠牲にするなんて 許せないわ」 「それだけ、我々が君を脅威に思っているという事だ。『姉妹の誓 い』を盗もうとしたのも、それが理由だからな」 「私を脅威に思うんなら、バフォメットの再生は断念してもらいた いわね」 「それは無理だな。我々は魔界の者たちの希望を一身に背負って、 この世界に来たのだ。裏切ることは出来ん」 「魔界の者と人間が共存できるとあなたは思ってるわけ?あなたた ちは、人間を虫ぐらいにしか思っていないんでしょう」 「それはお互い様だ。人間も魔界の者を悪魔と言って毛嫌いしてい るだろう。君は人間がどのようにして作られたか知っているか?」 「何よ、いきなり」 「人間、いや生物はもともとは天界のディグレーと魔界のダイモー ン様が作り出した兵隊だったのだ。生物を駒にして代理戦争させる ことにより、ディグレーとダイモーン様は地球の覇権を争っていた 」 「それなら、ガイアールに聞いたわ。二人が戦争をその兵隊任せに して自分の世界に閉じこもっている間に、地球に自然界が作り出さ れ、地球に介入できなくなっちゃったんでしょ」 「君の言い方は気に入らないが、まあそういうことだ。だが、その ことだけなら大した問題ではない」 「どういうこと?」 「君は人間や動物が死んだら、どうなるかわかるか?」 「そりゃあ、ほおっておけば、腐って白骨になるとか……」 「それは肉体だろう。だが、魂の方は作った主の世界へ行く。つま り、ディグレーが作った人間なら、天界へ。ダイモーン様が作った 人間なら魔界へ行く」 「ちょっと待ってよ。ディグレーたちが作った人間というのは昔の 話でしょ」 「その子孫は現在でもこの世界にいるではないか」 「え、じゃあ、人間は生まれながらにして死んだら行くところが決 まってるわけ?善人が天国へ行って、悪人が地獄へ行くって言うの は嘘なの?」 「天国とか地獄などと言うのは、人間が勝手に作り上げた世界だ。 善人だろうが、悪人だろうが、ダイモーン様の系譜か、ディグレー の系譜かで人間は死後の運命を定められている」 「それじゃあ、ディグレーが作り上げた人間とダイモーンが作り上 げた人間が結びついて、子供を生んだ場合、その子はどうなるの? 」 「基本的に結びつくことはない。人間自身は無意識に、ディグレー 側の人間か、ダイモーン様側かの人間を見分けているからな」 「それって、好きとか嫌いとかっていう感情?」 「ああ」 「でも、何かの拍子に結びつく事ってあるんじゃない?」 「その場合には、その人間の死後の魂はこの世界でさまようことに なる」 「じゃあ、私の場合はどうなのかな」 「妙なことを聞くな。君が死ねば、自然界が崩壊する」 「崩壊?」 「そんなことも知らないで今まで生きてきたのか。君は唯一、自然 界が作り出した人間、つまり、君=ガイアールだ。君が死ねば、自 然界は崩壊し、魔界と天界が再び隣接することになる」 「な、何言ってるのよ、私は人間の体から生まれたのよ」 「ふふふ」 カライスは笑った。 「何がおかしいのよ」 「いや、君は本当に何も知らないのだなと思って。君は自分が椎野 美佳だと思い、魔法石で出来たヘアバンドを使ってキティ・セイバ ーに変身していると思っているだろう」 「おかしな事言わないでよ。そんなの当たり前でしょ」 「当たり前だって?君は逆に考えたことはないのか」 「え?」 「君の本当の姿がキティ・セイバーで、椎野美佳が変身した姿だっ てことさ」 「う、うそだわ、そんなこと」 「事実さ。ヘアバンドをすることで君は変身を解いているんだ。椎 野美佳の姿はキティの力を抑制するためのスーツのようなものだ。 それが証拠に、キティと美佳の姿は全く違うだろ」 「そんな……」 「君がどういう風にして生まれたのかは私は知らない。だが、君は 生まれながらにして、ダイモーン様やディグレーと同じ地位にいる という事を忘れないでもらいたいな」 「どういう意味よ」 「つまり、君次第で地球は崩壊もすれば、君自身の手で征服もでき る。また、魔界や天界との戦争もできると言うことだ」 「そんな力、私にはないわ」 「それは君がまだ自分の力の引き出し方を知らないだけさ。優しさ 故にね。だが、ダイモーン様やディグレーはあわよくば君を始末で きたらと考えている。それほど恐ろしい存在なのだ。こうして私が 君を話し合いに呼んだのも、君に魔界の者が自然界に住むことを認 めてもらいたいからだ。魔界は今、人間の魂が大量に戻ってくるた めに人口が増大し、治安が悪化している」 「え?」 「魔界は逆ピラミッドの構造で666階層あり、階級別に下へ行く ほど上級の魔族が住むことが出来る。上層部分はもともと低級魔人 が住み、自然界から来た人間を奴隷として使っていたが、この数百 年の間に異常なほど人間がやってくるようになり、400年前、つ いに人間にクーデターを起こされて、第一階層を占領されてしまっ た。現在ではそれがさらに進行し、第30階層まで占領されてしま った。奴等は自然界で死ぬと無条件に魔界へやってくる。だから、 殺しても殺しても、全く減らない。このままでは魔界が人間に乗っ 取られてしまうのだ」 「乗っ取られるって、そういう人間を作ったのはダイモーンでしょ 」 「いや、今の人間はダイモーン様が作った人間の遠い子孫だから、 魔界の者のようにダイモーン様の影響力を受けない。それだけに殺 す以外に命令に従わせることは出来ない」 「自然界に魔界の者を住まわせてどうするのよ」 「反乱の原因をもとから絶つ」 「どうするの?」 「人間が死んで、魔界に来てもダイモーン様に刃向かわないように するんだ」 「例えば」 「魔族と人間を結婚させたり、魔族の血を人間に入れる」 「ちょっと、それってもしかして人間を魔族に変えるって事?」 「そうだ」 「そんなの駄目よ。そんなことしたら、自然界が魔族に占領される わ」 「その点は我々が責任を持って、何とかする」 「何とかするって、どうするのよ」 「普段は本当の姿を見せないように制御させる。例えば、今の私の 姿のように」 「そんなこと、信用できないわ。あんたたちは嘘つきだからね」 「魔界のことは本当だ。信じて欲しい」 「もし私が断ったら?」 「こちらとしても時間がない。君を無視して、計画を遂行する」 「無視したって、私は邪魔するわよ」 「君の邪魔など我々には恐くない。君はガイアールなのに、優しす ぎるからね。我々がもし本気を出せば、世界を崩壊させるのは簡単 なことだ。例えば、アメリカの大統領を操って、核のボタンを押さ せることもできる」 「そんなことをすれば、大量に人間の魂が魔界にやってくるわよ」 「ああ。だが、人間を全滅させれば、これ以上は増えないと言う利 点もある」 「そんなこと、私が絶対させないわ」 「その自信があるか?我々は本気だぞ」 「うっ」 美佳は言葉に詰まった。 「私は別に無理な願いをしているわけではない。ただバフォメット 様の体となる人間を見つけることを黙認してもらいたいだけだ」 「見て見ぬ振りをしろって言うの?」 「そうだ。君が承諾してくれれば、不必要な殺しはやめよう。状況 も報告する」 「……そんなこと言われたって、人殺しを黙認するなんて」 「毎年、何万人も交通事故で人が死んでいるんだ。人が死ぬことぐ らい珍しいことではあるまい。それよりも我々を怒らせる方が死者 を増やすことになるぞ」 「一つ、聞いていい?」 「ああ」 「どうして私にこんなことを相談するの?あなたたちにその力があ るなら、私を無視すればいいのに」 「平和を願うことに魔界も自然界もない。そうだろう。争わないで 済む方法があるなら、その方法を選びたい」 「少し考えさせて」 「明後日まで待とう。同じ時間にここで」 「わかったわ」 「それではよい返事を期待している」 カライスはそう言うと、ふっとその場から消えた。 一人、屋上に残った美佳は急に疲れたように座り込んだ。 「私、どうしたらいいんだろう」 美佳は地面を見つめて、ぽつりと呟いた。 2 襲撃 美佳がカライスと屋上で話している頃、エリナは美佳を捜して、 駅の方へ歩いていた。 「美佳さん、どこへ行ったんだろう」 エリナは心配そうに呟いた。 カライスのところへ行くという美佳をエリナは強くとめたが、美 佳はエリナの静止を振り切って、アパートを飛び出していった。エ リナもすぐに追いかけたが、美佳の姿は既になかった。 「何もなければいいですけど……」 エリナは、やっぱり自分は美佳の力にはなれないのだと思った。 どんなに偉そうなことを言っても、ガイアールの力を持つ美佳と比 べれば、自分はあまりにも無力なのだ。 エリナの歩いている通りは、昼間でも交通量はそれほど多くない ため、夜になって交通量がほとんどなくなると、スピードを上げた 車がびゅんびゅんと通過していく。 歩道を歩いているエリナは、車がエリナの横を走り抜けるたびに 、ドキッとする。というのも車道の道幅自体二車線だが、それほど 広くなく、歩道もガードレールがあるわけではないので、後ろから 車が来ると、かなり危ないのである。 「全く、他の人はよくこんな道、歩けますわ」 エリナはそうぼやきながら、早く脇道に入ろうと足早に歩いた。 その時、エリナの数百メートル後方から音楽をガンガンに鳴らし た一台のスポーツカーが120キロ以上の猛スピードで走ってきた 。 エリナがふっと後ろを振り向いた。二つのヘッドライトがエリナ の方へ向かってくる。 −−来る…… エリナは瞬間的に、危険を感じとった。 車は歩道をまたいで走っている。このままいけば確実にぶつかる 。 −−どっちへ動く? エリナは素早い判断を迫られた。−−反対側の歩道へ行くしかな い。 エリナは反対側の歩道に向かって、車道を横切ろうとした。 だが、その時、エリナの体がまばゆい光に包まれた。反対車線か らも猛スピードで車が走ってきたのだ。 はっ! その光を見た瞬間、エリナの動きが路上で止まった。 車は激しくクラクションを鳴らす。 −−もう駄目!!! エリナは心の中で叫んだ。 前方の車は避ける気もなく、エリナに突進してきた。 エリナは思わず目をつぶった。 ガシャーン!!! わずか1秒後、一方の車が大きく車線を外れ、対向の車に衝突し た。 その激しい衝突音にエリナは体をすくめたが、しばらくして自分 にダメージがないことを知り、恐る恐る目を開けた。 −−? エリナの目の前には金髪の青い目をした男の顔があった。 エリナはその男に両腕で抱きしめられていた。 「あ、あの……」 エリナは戸惑った。 「車には気をつけなければね」 男は微笑んで、言った。 「わ、わたくし……」 エリナは男に抱きしめられていることで顔が真っ赤になった。 「後一秒遅れていれば、君は下の車のようにスクラップになってい たよ」 「下の車?」 エリナは男の言葉で下を見た。下には炎上する2台の車があった 。 「きゃっ、浮いてる……」 エリナは驚きの声を上げた。 −−何となく足が地についていないという感覚があったけど、ま さか浮いてるなんて 「どうしよう、どうしよう」 エリナは動転して体をばたつかせた。 「落ちついて。あまり暴れると、落ちてしまうよ」 男は優しく言った。 「ご、ごめんなさい」 エリナはおとなしくなった。 男はエリナを抱きしめながら、ゆっくりと車から離れたところへ 降りた。 男はそこでエリナを解放した。 「抱きしめたりして申し訳なかった」 男は礼儀正しい様子でわびた。 「い、いいえ、助けていただいたのですから」 「これからは気をつけることだ」 男はそう言うと、その場を立ち去ろうとした。 「あ、あの、お名前を……」 「名乗るほどの者ではない。時が来れば、また会うこともあるだろ う」 と言って男は、闇の中に姿を消した。 エリナは男がいなくなってからも、しばらくその場で立ち尽くし ていた。 「あの人、懐かしい臭いがする」 エリナは右手で高鳴る胸を押さえながら、ぽつりと呟いた。 3 カライスの考え 魔界神ダイモーンの分身・バフォメットのアジト、聖ポランシス 教会−− テレポートで礼拝堂に現れたカライスをアエローが出迎えた。 「お兄様、どこへ行ってらしたの?」 白いイブニングドレスを着たアエローが言った。彼女の右腕はエ レクトラが集めた女性の生き血により完全に元に戻っている。 「……」 カライスは難しい顔をして、黙っていた。 「どうかしましたの?」 アエローが聞いた時、テレポートでエレクトラが現れた。 「お兄様!!」 エレクトラは恐い顔で言った。 「どうしたの、エレクトラ?そんな恐い顔をして」 アエローがエレクトラを見る。 「事故死に見せかけてエリナを始末するはずだったのに、寸前にな ってね、お兄様がエリナを救ったの」 エレクトラは興奮した様子で言った。 「お兄様、どうしてそんな事を?」 アエローは怪訝な顔をした。 「私はエリナを殺せといった覚えはない。だから、助けた」 「何言ってるのよ?エリナを殺すのにもお兄様の命令をいちいち仰 がなければいけないの」 エレクトラは向きになって、言った。 「当たり前だ。おまえはキティへの復讐のつもりで、エリナを殺し たいようだが、そんなことをしてもキティにダメージを与えること はできん」 「理由はそれだけじゃないわ。エリナはバフォメット様を以前に殺 そうとしたのよ」 「エリナを殺すことなどいつでも出来る。むしろキティを刺激する ことの方が問題だ」 「随分、キティを恐れてるのね。お兄様ともあろう者が−−呆れた わ。しかし、お兄様、キティにとって、エリナは戦いのパートナー よ。そのパートナーを消して、戦力を減らすのも戦略でなくて?」 「無意味な殺しは私の好むところではない」 「あーら、驚いた。お兄様はいつから人道主義者になったの。人間 なんて、所詮私たちの道具よ。目的のためには何人処理しようが、 関係ないわ」 「エレクトラの言う通り。エリナを殺すことはわたくしの発案なん ですよ」 「アエロー、エレクトラ、おまえたちに一言だけ言っておく。今後 、キティやエリナに手を出すことは禁止する。それから、不必要な 殺しも禁止だ」 「お兄様、気でも違ったの?キティは我々の計画を邪魔する憎らし い敵よ」 「彼女とは交渉することにした」 「交渉って、何を交渉するのよ」 エレクトラは驚いた様子で言った。 「バフォメット様を再生させること以外の行動を我々が起こさない かわりに、キティに我々の行動を黙認するよう申し出た」 「バカ言わないでよ。あの女がそんな条件、のむと思う?」 「キティには全て我々のことを話した」 「話したって、まさか魔界で反乱が起きていることも?」 「ああ」 「どうしてよ。そんなことを教えたら、あいつの思うつぼじゃない 」 「いや、私はそうは思わない。キティはその辺の人間よりは信用で きる」 「冗談じゃないわ。私は反対よ。あの女はアエローの腕を切ったば かりか、私の腹を刺したのよ。許せないわ」 「感情的になるな。確かにそんな交渉をしなくても、我々は計画を 遂行できる。だが、キティを本気にはさせたくない。彼女はまだ本 当の力の半分も引き出してはいないからな。もしこの先、彼女を敵 に回して、バフォメット様を再生させれば、その後も戦い続けなけ ればならない。我々の最終目標は魔界征服を企む人間を押さえ込む ことだ。そのためには、どうしてもキティと争うわけにはいかない 」 「キティを殺せば、自然界は崩壊するわ。そっちの方が安上がりよ 」 「キティを殺すかどうかはともかく、落とし前はつけるべきですわ 」 アエローもエレクトラに従う。 「どうしても、私の意見に逆らうのか」 「今回は譲れないわ」 「なら、勝手にするがいい。だが、エリナは殺させん」 「私たちと戦うことになっても」 「それはおまえたち次第だ」 カライスはそう言うと、礼拝堂を出ていった。 4 帰宅 「ただいまぁ」 美佳は息を弾ませて、自宅のアパートに帰ってきた。 「お帰りなさい、心配したんですよ」 エリナは玄関に出迎えた。 「ごめん、詳しい話はするからさ」 美佳は謝った。 「……」 エリナは美佳の顔を見ながら、急に黙り込んだ。 「どうかしたの?エリナの反対を押し切って行ったのは悪いと思っ てるわよ」 「いいえ、そうじゃないんです」 「じゃあ、何?」 「何でもありません。それより、美佳さんの方の話を聞かせて下さ い」 「うん」 美佳は部屋にあがってから、エリナにカライスとの会話を話した 。 「そんなことを相手は言ってきたんですか」 エリナは話を聞いて、信じられないと言って顔をした。 「そうなの。エリナ、どうしたらいい?」 「私に聞かれても……」 「信用していいのかもわからないし、かといってあいつの要求を蹴 れば、かえって犠牲者を増やすような気がして−−」 「………」 「エリナ、こうして相談してるんだから黙ってないで、何か言って よ」 「美佳さん」 「何?」 「わたくしって、ディグレー側なんでしょうか、ダイモーン側なん でしょうか」 「何よ、いきなり」 「だって、わたくし、死んだら、天国の方へ行きたいんですもの。 地獄は嫌ですわ」 「そんなこと、今はどうでもいいでしょ。カライスの要求に応じる かどうかが問題なんだから」 「どうでもよくないですわ。そんな戦争の起こっているようなとこ ろへ行きたくないですもの」 「あのね……もういいわよ、エリナに相談した私がバカだったわ。 一人で考えるわよ、おやすみ」 美佳はそう言うと、さっさと布団をひいて、寝てしまった。 続く