ファレイヌ2 番外編 第23話「ブラック・ライダー」前編 *今回のお話は美佳が高校3年生の時のお話です 椎野美佳 高校生。黄金銃ファレイヌの所有者 エリナ 牧田家の居候 牧田奈緒美 警視庁捜査1課警部補 田沢吉行 高校生 ブラックライダー 暴走族を襲う殺人鬼 早見祐二 Y警察署刑事 プロローグ 7月21日、凌雲高校では、1学期の終業式が行われた。 天気も快晴に恵まれたものの、うだるような蒸し暑さの中で式が 行われたため、途中で貧血を起こす生徒が続出、他の生徒たちも教 室に入る頃にはぐったりした状態になっていた。 3年F組の椎野美佳の場合、式に行く前に具合が悪いと言って、 保健室のベッドへ逃げ込んでしまった。 美佳は最初は式だけさぼるつもりだったが、いつのまにか眠くな って、ベッドで寝てしまっていた。 「おい、チャッケ、起きろよ」 美佳は誰かに揺さぶられた。 「ううん、うるさいわね」 美佳は寝返りを打つ。 「チャッケ!」 「ん?」 美佳は目を少し開けた。「何だ、タキチかぁ」 「タキチかぁじゃねえだろ。もう1時だぜ」 「1時……1時!」 美佳は起きた。「じゃあ、式どころか、先生の話も終わっちゃっ たの?」 「もうみんな、下校してるよ。おまえ、学校に何しに来たんだよ」 「だってさ、仕方ないじゃない、寝ちゃったんだから」 美佳はさらりと言った。 「それだけ寝たんなら体力はばっちりだな」 「え?」 「海へ行こうぜ」 「これから?」 「外にバイクが止めてあるんだ。行くだろ?」 「うん」 美佳は元気よく返事をした。 1 帰宅 ブルーナイトマンション−− このマンションの701号室には警視庁捜査1課刑事、牧田奈緒 美が住んでいる。 椎野美佳とエリナは、姉の律子の死後、奈緒美の家で世話になっ ている。 その夜は、奈緒美が珍しく早く帰ってきた。 「おかえりなさい」 エプロン姿のエリナが玄関に出迎えた。 「ただいま」 奈緒美はバッグをエリナに渡す。 「今日は早かったんですね。まだ食事は準備中なんで、先にお風呂 に入ってきて下さい」「いつも悪いわね、いろいろ家事、やらせち ゃって」 「お世話になっているんですもの、当然ですわ」 エリナは微笑んだ。 「美佳はいるの?」 「いいえ。今日は田沢君とデートですって」 「デートね。ようやく美佳も男とつきあうようになったか。いいこ とだわ」 「わたくしは美佳さんと一緒に遊べる機会が少なくなって、不満で すわ」 「そっか、エリナにも男を紹介してあげなくちゃね」 「奈緒美さんの交友関係じゃ心配ですわ」 エリナは不満そうに言う。 「あら、言ったわね。それなら、別にいいのよ」 「あっ、いえ、冗談です」 エリナは慌てて言った。 2 狂気の夜 同じ頃、美佳と田沢は埠頭で海を見ていた。 「風が気持ちいいね」 浜風を顔に受けながら、美佳は言った。 「ああ」 田沢は遠くの船の明かりを見つめながら、答えた。 「今日は満月だね」 美佳は空を見上げた。 夜空の満月は雲にかかることなくはっきりと見えていた。 「月ってやっぱり満月が一番きれいよね」 美佳は田沢の肩に寄り掛かった。 「けど、満月の晩は不吉なことが起こるって言うぜ」 「そんなの迷信よ。だって、私は幸せだもん」 美佳は田沢の腕につかまった。 「ばぁか」 田沢は照れを隠して、他の方を向いた。 「来年は卒業だね」 美佳は田沢の顔を見て、言った。 「そうだな」 「私ね、すっごく感心してることがあるんだ」 「感心してること?」 「そう。知りたい?」 「別にどうでもいいよ」 「知りたいって言ってよ」 美佳は田沢の腕を揺さぶる。 「うるせえな」 田沢は渋ったが、「−−じゃあ、知りたいから、教えてくれ」 「よろしい、教えてあげよう。それはね、タキチが今日まで退学に ならなかったこと」 「何だよ、それは」 田沢はムッとした。 「すごいことじゃない。高一の頃はさ、学校はさぼるし、髪は染め るし、バイクは無許可で乗り回すし、喧嘩はするし、かつあげはす るしで、もうろくな人間じゃなかったじゃない?」 「そんな言い方はねえだろ」 「いいじゃない、本当のことなんだから。私ね、あのままだったら 、きっと高二になる前にタキチは退学になると思ってたんだ」 「ふん、俺はどうせ不良だよ」 「でも、高一の三学期ぐらいからすっかり真面目になったじゃない 。学校は一度も休まないし、髪だって脱色したし−−まあ、暴力的 なところは変わらなかったけど」 美佳は苦笑して、言った。 「いいだろ、別に。俺も他の連中と同じように学歴をなくしたくな かったんだよ」 「うーそだ」 「何でだよ」 「嘘だから嘘って言ったの。タキチはさ、私のために真面目になっ てくれたんでしょ」 「自惚れんなよ、何でおまえなんかのために」 「家族を失って落ち込んでた私のそばに、タキチはいつもいてくれ たじゃない」 「それは喧嘩相手が元気ねえんじゃ、張り合いねえから、つきあっ てやったんだよ」 「二年間も?」 美佳は田沢を見た。 「そうだよ」 「そっか。タキチ、ありがとう」 美佳は微笑んだ。 「気持ち悪いな。おまえが礼言うなんて、やっぱり今日は不吉な夜 なんじゃねえのか」 「ごめん……」 美佳はいつになく素直に謝った。 「変な奴だな、謝ることないだろ、悪いことしたわけじゃないんだ から」 「−−タキチに嫌われたくなかったから」 美佳は俯いて、言った。 「チャッケ……」 「こんな付き合いだから、今まで言えなかったんだけど、私ね−− 」 美佳がそこまで言いかけた時、田沢は指で美佳の口を押さえた。 「そこからは俺が言わせてくれ」 「え?」 「チャッケ、俺とつきあってくれ。おまえのことが好きなんだ」 田沢が美佳の両肩をつかみ、美佳を見つめて、言った。 「タキチ……それは私の台詞だよ」 美佳が少し涙ぐんで言った。 「チャッケには死んだ恋人がいたから、ずっと言えなかったんだ。 おまえの気持ちを傷つけたくなくて」 「わかってたよ。けど、きっかけがなくて−−」 「俺もさ」 二人は互いに見つめあった。 美佳は目をつむった。田沢は美佳の顔に自分の顔を近づけた。 二人の唇が自然に重なり合った。 パーン!!! その時、一発の銃声が轟いた。 美佳はその音で目を開けた。 「タキチ、今の音−−」 美佳がそう言いかけた時だった。田沢が自分の体に全体重を預け るように倒れてきた。「ちょっと、何やって……」 美佳が田沢の体を支えながら、言った。しかし、田沢は何も答え なかった。 「タキチ、どうしたの?」 美佳は田沢を見た。田沢は何も答えず、動くこともなかった。 「ふ、ふざけないでよ、重いでしょ」 美佳はいつもの調子で言ったが、その声は震えていた。 ほんの30秒、美佳は田沢を支え続けていた。それは美佳にとっ て、30分にも、1時間にも思えた。 美佳は、田沢がしゃべり出すのを待っていた。いつもの調子で、 「冗談だよ」っていう田沢の言葉を待っていた。 しかし、それは次の銃声でもろくも崩れさった。 パーン!!! 新たな銃声と共に何かが美佳の目の前を通り抜けた。その後に、 美佳の額にすうっと一本の傷がついた。 「こんなことって……」 美佳の田沢を抱き留める肩が震えた。 「こんなことって!!!」 美佳は田沢を突き飛ばし、その場から離れた。 パーン!! その瞬間、さらなる銃声。 美佳は倉庫の方に向かって、走った。 弾丸は美佳を追いかけるように、美佳の走り去った跡に次々と命 中する。 美佳は素早く倉庫の前に止めたオートバイに乗ると、エンジンを かけて、発車した。 −−誰よ、誰がタキチを…… 美佳の心は怒りに満ちていた。 港を滑走する美佳のオートバイの背後から一台のオートバイが近 づいてきた。 黒いライダースーツに黒いヘルメット。そして、黒いオートバイ 。何から何まで黒だった。 −−奴がタキチを 美佳は後ろをちらっと振り返って、呟いた。 ブラックライダーは美佳のオートバイとの距離が30メートルあ まりになると、突然、ハンドルから両手を放し、背中に背負ったラ イフル銃を取り出し、美佳に狙いを付けた。 冗談じゃないわ 美佳はオートバイを加速し、ジグザク運転を始めた。 パーン!! ブラックライダーのライフル銃が火を噴いた。 弾丸は美佳のオートバイのタイヤに命中する。 「きゃあ」 美佳のオートバイはスピンを起こし、そのままコースを外れて海 へ突っ込んだ。 ブラックライダーはそのまま、オートバイを止めることもなく、 去っていった。 「あいつは何者なの」 海面から顔を出した美佳は、ブラックライダーの走り去った方向 を睨み付けながら、呟いた。 3 早見の言葉 30分後、美佳の通報で埠頭にパトカー3台と救急車が到着した 。 美佳は救急車に収容される田沢を見送ることもせず、パトカーの 後部座席に頭を抱えて座り込んでいた。 「美佳、大丈夫?」 牧田奈緒美が外から声をかけた。 「……」 美佳は黙っていた。奈緒美は仕方なく車の後部座席に乗り込んだ 。 「彼はこめかみを撃ち抜かれて、即死だったわ。恐らく、痛みも感 じなかったでしょうね」 「……」 「犯人は相当な銃の腕前。そして、特殊な弾丸を使ってるわね。ま わりに外傷を与えず、針のように突き抜けているわ」 「そんなことどうだっていい……。タキチは私の前で殺されたのよ 。何も悪いことしてないのに。どうしてタキチが殺されなきゃいけ ないの!!」 涙でくしゃくしゃになった顔を上げて、美佳は言った。 「美佳……」 「わたし、告白されたの、タキチに。好きだって。わたし、すごく 嬉しかった。キスだってしたんだから。それなのに、それなのに… …ああーん」 美佳は奈緒美の胸に飛びついて、泣いた。美佳がこんなに感情を 露にするのは珍しいことだった。 「美佳……」 奈緒美は美佳に慰めの言葉一つかけることが出来なかった。両親 を殺され、姉を殺され、恋人を殺され、そして、今また恋人を失っ た。この世の中には美佳より不幸な人間は数多くいるけれど、これ ほどの不幸を18才の少女に背負わせるには、まだ荷が重すぎた。 「そうやって泣いたって、死んじまった者は帰ってこないぜ」 その時、車の外で声がした。 奈緒美が見ると、そこには一人の男が立っていた。 「早見刑事−−」 奈緒美は顔をしかめた。 「そうやって、泣く奴にかぎって、生きている時にはそいつのこと 気にもとめちゃいないんだよな」 「早見刑事!!」 奈緒美は強い口調で言った。 「事実を言ってるんだ。どうせ、2、3日すりゃあ、違う男と寝て たりするからな、最近の女は」 早見の言葉に美佳の泣き声が止まった。美佳は奈緒美の胸から顔 を上げ、早見の方を向いた。その目はきっとつり上がり、怒りに満 ちていた。 「今の言葉、もう一度、言ってみなさいよ」 「ちょっと、美佳、やめなさい。早見刑事も言い過ぎよ」 奈緒美は美佳を落ちつかせようとしたが、無駄だった。 「もう一度、言ってみなさいよ、早く」 美佳は車から降りた。 「ああ、何度でも言ってやる。人間の一人や二人、死んだぐらいで いちいち泣くな!!」 早見は言った。 「このぉ」 美佳は早見につかみかかった。しかし、早見は美佳を投げ飛ばす 。 「女のくせに凶暴だな。死んだ恋人とやらも死んで正解だったな」 早見はニヤリと笑った。 「!!!」 美佳はさらに早見に飛びかかった。 しかし、早見の平手打ちを頬にくらい、地面に飛ばされる。 「早見刑事、バカな真似はやめなさい」 奈緒美はびっくりして車を飛び出し、美佳を抱き上げた。 「俺は最近の甘えたバカどもに警告してんだ。今回の事件は夜にバ イクでこんなところへ来なければ起きなかったんだ。勉強もしねえ で、遊ぶことばっかり考えやがって。今度のことは天罰だよ」 早見はそう言うと、現場の方へ歩いていった。 「美佳、大丈夫?」 「あいつの言うとおりだよ」 「え?」 「私とつきあわなければ、タキチは死ななかったんだ」 「美佳……」 「犯人はタキチを狙ったんじゃない。私を狙ったんだ。この私を… …」 美佳はひりひりとする頬を押さえた。 4 会議室 翌日、奈緒美はY警察署に出向いた。奈緒美は受付を通じて署内 の会議室に早見を呼びだした。 「よお、警部補殿か」 会議室に入った早見は、窓の方を見ていた奈緒美に挨拶した。 「昨夜はどうも」 奈緒美は椅子に座ったまま、早見の方に向いて、冷ややかな口調 で言った。 「私も忙しいんでね、ご用があるんでしたら、早く言ってもらえま すか」 「単刀直入に言うわ。なぜ昨日、彼女にあんなことを言ったの?」 「彼女−−ああ、あのガキのことですか」 「彼女は被害者よ。目の前で恋人を失ってショックを受けている人 間によくああいうことが言えるわね」 「ああ、そのことですか。私は当たり前のことを言っただけなんだ すがね」 「−−噂通りの人間ね、あなたって人は」 「噂通り?」 「ええ、そうよ。冷酷で、自分勝手で、自惚れ屋。マスコミをあん たのことを『潰し屋』と呼んで、賞賛してるけど、私はあなたのこ とを警察官として認めないわ」 「厳しいな、警部補殿は。だが、あんたが俺を認めようと認めまい と、俺は首にはならない。なぜかわかるか」 「?」 「実績だよ。俺は一人でこの1年間で5つの暴力団を潰し、100 人以上検挙した。こんな真似があんたのようなエリートに出来るか 。むしろ、あんたらには感謝してもらいたいぐらいだ」 「それと、あの子にひどいことを言ったのは別だわ」 「どうかな。俺は昔から不良連中は嫌いでね、将来は犯罪者にしか ならないんだから、早いとこ叩いておきたいと思ってるんだ。奴等 はウイルスと同じだ。ほっておくとどんどん増殖し、社会に害悪を もたらす。夜中にバイクを滑走しては騒音をまき散らし、シンナー やコカインを売りさばいては暴力団を太らし、金が欲しくなれば強 奪し、気に入らない奴は直ちに殺す。こんな奴等に人権なんてある か?奴等はくずだ。くずに生きる資格はない」 「みんながみんなそうじゃないわ。確かにそういう連中もいるかも しれないけど、大半は心に悩みを抱えて、仕方なくやっているのよ 」 「ストレスのはけ口ってわけか。そんなものは現実を知らない甘ち ゃんの台詞だ。奴等は生きるために暴走行為をしているわけでも、 盗みをやっているわけでもねえ。単純に楽しみたいからだ。そうだ ろ」 「あなたの言葉は単なる恨み節ね。昔、暴走族に妹をレイプされた ことを未だに根に持ってるとしか思えないわ」 「あんたに何がわかる。俺はあのバカ娘に謝罪する気は毛頭ない。 これで失礼する」 早見は腹立たしげにそう言うと、会議室を出ていった。 5 ブラックライダー 「早見って人、ひどい人ですね」 エリナはテーブルを強く叩いて、言った。 エリナは夕方、自宅に戻った奈緒美から早見とのやりとりを聞い て、腹を立てた。 奈緒美とエリナは居間で話している。 「美佳はどうしてる?」 「え、はい、美佳さんは帰ってからずっと部屋に閉じこもったまま で。食事を2度ほど、運んだんですけど、ほとんど口にしてないの で、心配です」 「そう。やっぱりショックよね、目の前で恋人が殺されたんじゃ」 「それだけじゃありません。田沢君は、美佳さんが家族を失う前か らずっと美佳さんのことを精神的に支えてくれてたんです。美佳さ んがこれだけ早く元気になったのも、わたくしより田沢君のおかげ ですわ」 「ついてないわよね……この先、どうしたらいいんだろう」 奈緒美はソファにもたれ掛かって、天井を仰いだ。 「犯人の手がかりはないんですか」 「犯人の見当はついてるわ」 「本当ですか?」 「ブラックライダーよ」 「ブラックライダー?」 「3年ぐらい前から毎年、夏になると現れる殺人鬼よ。黒いフルフ ェイスのヘルメットに黒いライダースーツのいでたちでね、オート バイに乗ってライフルを乱射し、バイクに乗ってる少年たちばかり を襲うの。これまでの被害者は213人、今年も既に12人が死ん でるわ」 「そんなに被害者が出ているのに、警察は何もしないんですか」 「警察だって捜査はしてるわよ、何千人も捜査員、使ってね」 「それで、どうして捕まらないんですか」 「消えるのよ」 「消える?」 「神出鬼没でね、何度か警察も追いつめたんだけど、どういうわけ か追いつく寸前で消えてしまうの。マスコミではもう幽霊現象とし て扱ってるわ」 「幽霊ですか……けど、ライフル銃を持ってる幽霊なんて」 「美佳が助かったのは本当に奇跡よ。ブラックライダーに遭遇した 少年たちはほとんど殺されてるんだから」 奈緒美が頭をかいて、言った。 「何が奇跡よ!」 その時、美佳が自分の部屋から出てきた。 「美佳さん」 エリナが美佳を見る。 「ブラックライダーだか何だか知らないけど、今度会ったら私が倒 してやるわ」 「バカなこと言わないの。バイクに乗らなければ、済むことなんだ から」 「冗談じゃないわ。ナオちゃんは殺人鬼を野放しにしておくの?」 「そうは言ってないわ。ただ素人が首を突っ込む問題じゃないって 言ってるの」 「ふん、3年も捕まえられないで玄人も素人もないでしょ。ナオち ゃん、私、出かけてくる」 美佳は玄関の方へ歩いていった。 「ちょっと美佳、どこへ行くのよ」 「ちょっと頭、冷やしてくるの!」 美佳は靴を履く。 「待って下さい、わたくしもつきあいます」 エリナが慌てて追いかけた。 「ついてこないで!!」 美佳は怒鳴った。エリナはびくっとして立ち止まる。 「お願いだから、一人にして」 美佳はそう言うと、玄関を出て、ドアを閉めた。 6 襲撃 「ブラックライダーか……」 美佳は夜の公園で、一人ブランコの横木に座り、考え込んでいた 。 −−どうして私はいつも生き残るんだろう。私のまわりの人たち はどんどん死んでいくのに。私と知り合わなければ、タキチも、隆 司も、河野さんも死ぬことがなかった。みんな、私のせいなのに、 私は罰すら受けることなくこうして生きてる……こんな不公平な話 ってないよね 美佳は手の平に乗った金色のペンダントを見つめた。 −−ファレイヌ……エリナが人間になってからは、もう二度と使 うことはないと思ってたけど、やっぱり無理みたいね 美佳はペンダントを握りしめ、念じた。すると、十字架のペンダ ントが黄金銃に変わる。 「これでタキチの仇は討つわ」 美佳は心の中で誓った。 キイッ! その時、美佳の座っているブランコが微かに揺れた。誰かがブラ ンコの鎖をつかんだのである。 −−な、なに?! 美佳は戸惑った。 美佳はその瞬間、背後にいる不気味な人の気配を感じとった。 背後の影と美佳との距離は10センチにも満たない。すぐ真後ろ にいるのである。 −−どうして気づかなかったんだろう 美佳の乗るブランコは鎖を背後の何者かに捕まれ、完全に動かな かった。その動かないと言うことが、美佳に大きな不安を与えた。 −−どうする?振り返るか、それともブランコを離れるか 美佳は二者択一の判断を迫られた。 背後の影はじっと押し黙っている。 美佳のまわりには助けを呼べるような人はいない。 −−誰だか知らないけどいきなり人の後ろに立つなんて、尋常じ ゃないわ。正体を確かめなきゃ 美佳は後ろを振り返ろうとした。 その時だった。美佳の背後から大きな手が美佳の口に覆い被さっ た。 「ん!!」 美佳が呼吸をしようとした途端、つーんと鼻をさす臭いがした。 −−クロロホルム! 美佳は直感的にそう悟った。 美佳は賊の手を振りほどこうともがいたが、賊の手にある白い布 は完全に美佳の口と鼻を覆い、逃れられなかった。 急速に美佳の意識が遠くなっていく。 −−こんなところでやられるなんて 美佳は最後の力でファレイヌの引き金を引こうとしたが、その力 も及ばなかった。 その時、誰かが背後の賊に襲いかかった。 賊とその影は格闘になり、美佳は賊の手から解放され、地面に倒 れた。 「誰……」 美佳は朦朧とした意識の中で二人の争いを見ていた。 やがて一人が逃げ出した。 美佳はしばらく激しい頭痛に悩まされたが、次第に視界がはっき りしてきた。 残った一人の男が美佳の方へ歩いてくる。 「きゃあ」 美佳はその途端、反射的に起き上がり、尻をついたまま後ろへ逃 げた。 「大丈夫か」 男は声をかけた。よく見ると、その男は早見だった。 「……」 美佳はまだ状況がつかめず、驚いた目で早見を見る。 「昨日の刑事だよ、忘れたのか」 早見がゆっくりと美佳に近づいてくる。しかし、その早見の手に はナイフが握られていた。 「いやあ、来ないで!」 美佳は興奮気味に叫んだ。 「落ちつけ!」 早見は近づくが、美佳も必死の形相で後ずさる。 「どうしたんだ−−」 早見はそう言いかけて、自分がナイフを持っていることに気づき 、慌ててナイフをポケットにしまった。「すまない。恐がらせたか ?」 「……」 美佳は立ち上がって、逃げようとする。 「ちょっと待て」 早見はすぐに美佳を追いかけて、捕まえた。 「放して、人殺し。誰か!!」 美佳は激しく暴れながら、助けを求めた。 「いいかげんにしろ!!」 早見は思いっきり美佳の頬をひっぱたいた。美佳はその勢いで、 地面に投げ出される。「悪かった。だが、俺はおまえを殺しに来た んじゃない。落ちついて、話を聞いてくれ」 早見は美佳に手を差 しだした。だが、美佳は早見をきっと睨み付けると、間髪を入れず 早見の股間に蹴りを見舞った。 「うぐっ」 早見が股間を押さえて、腰を折る。美佳はその隙に立ち上がると 、今度は早見のこめかみに回し蹴りを浴びせて、逃走した。 「あの暴力女……」 早見は頭と股間を押さえながら、しばらく立ち上がることが出来 なかった。 続く