ファレイヌ2 第24話「ブラック・ライダー」中編 8 帰宅 公園を飛び出してから、15分後、美佳は疲れた様子で、マンシ ョンに帰ってきた。 「あれ、美佳さん、早かったんですね」 玄関に出迎えたエリナはちょっと意外な顔をして、言った。 「私が戻ってこない方がよかったわけ?」 美佳は不機嫌に言った。 「そういうわけじゃないですけど−−」 エリナが困った顔をする。 「威勢のいいこと言って、飛び出していった割には、1時間もしな いで戻ってきたから、エリナも呆れてるのよ」 奈緒美が玄関に現れ、口を挟んだ。 「私だってすぐ戻るつもりはなかったけど−−」 美佳は額の辺りを押さえながら、自分の部屋の方へ歩いていった 。その足取りは少しふらついている。 「何かあったんですか」 エリナが心配そうに聞く。 「クロロホルムをかがされたせいで、少し気分が悪いのよ」 美佳が重たい口調で言った。 「クロロホルム?どういうことですか」 「別にいいでしょ、そんなこと」 「そんなにすねないで下さいよ、何があったか教えて下さい」 エリナの問いかけに美佳は黙っていた。 「美佳さん!」 エリナがじれったそうに言う。 「襲われたの」 美佳は仕方なく言った。 「襲われた?!」 エリナと奈緒美が顔を見合わせる。 「公園のブランコに座ってたら、いきなり後ろから薬をかがされて ね、気を失ったの」 「公園って、うちのマンションの近くの?」 奈緒美が聞いた。 「ううん、広い方のT町公園の方よ」 「じゃあ、すぐ手配しなくちゃ」 「もう遅いわよ、犯人は逃げてるわ」 美佳は努めて冷静に言った。 「美佳さん、それで何ともなかったんですか」 「−−なかった。完全に気を失ったわけじゃないし」 「犯人の特徴か何かわかる?」 「わからないよ、いきなりだもん。ただ……」 美佳はそこで言葉を止めた。 「ただ、どうしたの?」 「何でもない」 「全くついてないわね。出かけた途端に襲われるなんて」 奈緒美は溜息をついた。 「犯人は美佳さんを狙ったのでしょうか。それともただの行きずり だったんでしょうか」「わからないわ」 「とにかく、こんなことがあった以上、しばらく外出は控えなさい 」 「嫌よ」 美佳が突っぱねた。 「美佳」 「美佳さん」 「私、頭が痛いから、寝かせてもらうわ。おやすみ」 美佳は奈緒美やエリナの心配を無視して、自分の部屋に入ってい った。 9 朝 「奈緒美さん、奈緒美さーん!!」 翌朝、エリナが血相を変えて、奈緒美の寝室に飛び込んできた。 「何かあったの?こんな朝早く」 奈緒美が目をこすりながら、言った。 「美佳さんがいないんです」 「美佳が?」 「はい、美佳さんの寝室を覗いてみたら、こんなメモがあって」 エリナはメモ用紙を奈緒美に渡した。 「『犯人は私の手で捕まえる 美佳』。あの子らしいわ」 奈緒美はメモを見て、言った。 「そんな呑気なことを言ってる場合じゃありませんわ」 「全くあの子は手がかかるんだから」 奈緒美はぶつぶつ言いながら、ベッドを降りた。 その頃、美佳はY警察署の前にいた。 入口の前を入ろうか入るまいか迷いながら、行ったり来たりして いる。 「どうしようかな……昨日の今日だしなぁ」 美佳は決まり悪そうに頬を指でかいた。 「逮捕だっ!」 その時、突然後ろで男の声がした。 「きゃっ!」 美佳がびっくりして飛び上がる。 「わ、わたし、何もしてません、ごめんなさい」 美佳は慌てて頭を下げて、謝った。 「こんなところで何やってんだよ、おまえは」 聞き慣れた男の声がした。 「へっ?」 美佳は顔を上げた。 「げっ、あんたは……」 「それはこっちの台詞だよ。暴力女」 早見は素気なく言った。 「誰が暴力女よ!」 美佳がカッとなって、殴ろうと手を出した。しかし、早見はそれ を右手で受けとめる。「それが暴力女だって……うっ」 早見がそう言いかけた瞬間、早見の股間に美佳の蹴りが入った。 「おまえなぁ……」 早見が股間を押さえて、うずくまった。 「ま、また、やっちゃった……」 美佳ははっとして口を押さえた。 「ごめん、そんなつもりじゃなかったの。ついつい、その癖で−− 」 美佳は謝った。 「うるさい、とっとと帰れ。早く帰らないと、傷害罪で逮捕だぞ」 「待ってよ、謝りに来たの、昨日こと」 「ん?」 早見が美佳の顔を見た。 「昨日は助けてくれてありがとう。わたし、あの時、薬で錯乱して たから、相手の区別がつかなくて」 「……」 早見は少し驚いた様子で美佳を見た。 「殴っていいよ、私のこと。今度は仕返しとかしないからさ」 美佳は申し訳なさそうに言った。 「変な奴だな、おまえ」 早見は腰を上げた。美佳は早見を見上げる。 「朝食、食ったか?」 「ううん、まだ」 「じゃあ、つきあえよ」 「うん」 美佳は素直に返事をした。 早見は美佳を警察署から程近い定食屋に案内した。 「悪いね、ごちそうになって」 美佳は焼き魚定食にありついた。 「何を聞きに来たんだ?」 「え、何が?」 「別に俺に謝りに署まで来たんじゃないんだろう」 「そんなことないよ」 「隠すなよ。どうして自分が襲われた場所に俺がいたか知りたいん だろう?」 「それは−−」 美佳は一瞬口ごもったが、「その通りよ。私があの公園に行った のは偶然なのに、あなたが偶然に公園に現れるなんて考えられない もん」 「確かにな」 「どうしてあの場所にいたの?」 「答えられんな」 早見はきっぱりと言った。美佳はムッとした。 「私を襲った犯人、誰か知ってるのね」 「ノーコメント」 「教えてよ」 「知ってどうするんだ」 「私を襲った奴なのよ、誰か知りたいじゃない」 「そいつがブラックライダーだとしたら、恋人の敵討ちでもするつ もりか」 「んっ……」 美佳はずばり自分の考えを言い当てられ、口をつぐんだ。 「君はすぐに気持ちが表情に出るな」 「いいでしょ、別に」 美佳は膨れっ面をした。 「君は牧田警部補とはどういう関係なんだ?」 「ノーコメント」 「ふふ、そう来たか。君の死んだお姉さんの幼なじみなんだろ」 「知ってるなら、聞かないでよ」 「君のこと、少し調べさせてもらったよ。君は変わった経歴の持ち 主だね」 「経歴が変わってちゃいけないわけ?」 「いいや」 早見はそう言って、含み笑いをした。 「何よ」 「笑ったりして済まなかった。とにかく、君は事件のことに首を突 っ込まない方がいい。犯人は必ず俺が捕まえる」 「お断りよ。あんたが教えてくれないなら、私が自分で調べるから いいわよ」 「強気だな……」 その時、ピーピーという発信音が鳴った。早見はポケットからポ ケットベルを取りだし、スイッチを切った。 「呼び出しだ。食事代はだしとくから、ゆっくり食べてるといい」 早見はそう言うと、勘定を済ませて、店を出ていった。美佳はそ の後、味噌汁を飲みながら、しばらく考え込んでいた。 10 追突 「早見、ちょうど良かった。車泥棒だ」 早見が警察署に戻ると、同僚の刑事が早見のもとに走ってきた。 「車泥棒?」 「ああ、U通りを現在も逃走中だ。詳しいことは後で説明する。一 緒に来い」 「わかった」 早見と同僚刑事は一緒に署を出た。 そして、警察署前の覆面車のところへやってくると、早見は車の 運転席に、同僚刑事は助手席に乗り込もうとした。 「うあっ」 だが、その時、刑事の方は外へ突き飛ばされた。 「ん?」 早見はその声に助手席を見ると、そこには美佳が座っていた。 「おまえ、何やってんだよ」 早見はキツネにつままれた顔で言う。 「事件でしょ、早く行きなさいよ」 美佳がドアを閉め、内側からロックした。 「コラッ、何だおまえは!」 刑事が起き上がって、助手席の窓を叩く。 「早く!」 「よし!」 美佳の言葉に促されて、早見は車を発進させた。 早見の車は車道に入ってから、一気に加速したため、刑事は追う 暇もなかった。 「早見の奴、どういうつもりだ」 刑事は怒りをぶつける場もなく立ち尽くしていた。 早見は少し走ってから、サイレンを車のボンネットの上に置いた 。 「こちら、7号車、逃走車の特徴を教えて下さい」 早見は無線機を取って、本部に尋ねた。 『了解。車種は赤のトランザム。ナンバーは****−****。 犯人はI町3丁目の通りに停車中の車を奪って、逃走。犯人は二人 組。現在、青山方面に向かって、逃走中』 「了解」 早見は無線機を戻した。 「車に乗った早々、事件なんて超ラッキーだわ」 美佳はわくわくして言った。 「どういうつもりだ、おまえは」 早見はむすっとした様子で言った。 「大事なことを聞くの、忘れてたの」 「それでどうして車に乗ってるんだ?」 「何か警察署に入り辛くて。どうしようか考えてたら、車のドアが 偶然開いてたから、そこで待ってようと思って」 「単純な奴だな」 早見は溜息をついた。「それで大事なことってなんだよ」 「それは後でいいわ。今は犯人を捕まえることが先でしょ」 「まあ、そうだが−−」 早見の覆面車はそれから20分後、逃走車を発見した。逃走車は 対向車線を走り、早見の車の方へ向かってきていた。 「見つけたぞ」 早見は無線機に手をかけた。 その時、美佳が早見の手の上に手を置いた。 「待って。ここは私たちで逮捕しましょ」 美佳は真顔で言った。 「何言ってるんだ、おまえ」 早見は美佳を見た。 「ほら、前を見て。どうやら逃走車は止まる気、ないようよ」 美佳が前を見て、言った。 美佳の言うように赤いトランザムは爆音をたてながら、猛スピー ドで早見の車に向かってくる。このまま行けば、十数秒後には確実 に衝突するだろう。 「あの野郎、どういうつもりだ」 「向こうがその気なら、勝負をかけましょう。早見、このまま直進 して。私が何とかする」 「何とかするって?」 早見が再度、美佳を見ると、美佳がいつのまにか大型のリヴォル バーを右手に持っている。 「ぎりぎりまで引きつけて!」 美佳の鋭い声が飛んだ。 「わかった」 早見は激突覚悟でアクセルを踏み込んだ。美佳は銃を真っ直ぐ構 える。 赤いトランザムが間近に迫る。向こうも突っ込むつもりだ。 距離100メートル、90、80…… 美佳は心の中でカウントした。 70、60、今だ! 美佳は黄金銃の引き金を引いた。 グォーン!! 銃口より放たれた光の弾丸が車のフロントガラスを突き破り、目 の前のトランザムへ飛んでいった。 「うわぁ、ぶつかる」 早見は思わずハンドルを放して、体をひねった。 バシュッ!! 次の瞬間、光弾がトランザムを真ん中からまっぷたつに引き裂い た。二つになったトランザムは早見の車とぶつかる寸前で左右に別 れていった。 「くっ」 美佳は運転席に足を伸ばして、断続的にブレーキを踏みながら、 無理なく車を停止させた。 美佳が車を降りて、後ろを振り返ると、二つに別れたトランザム はそれぞれ左右のガードレールに激突していた。 「少しやりすぎたかな」 美佳は呟いた。 「早見、寝てる場合じゃないわよ。早く事故処理しなきゃ」 美佳は運転席で気を失っている早見を起こした。 「うっ、生きてんのか、俺は」 早見は目を開け、頭を振った。 「私たちは無事だけど、犯人の方はちょっと−−」 「犯人……そうだ、おまえ、一体何を!」 早見は美佳につかみかかった。 「だから、早く犯人を助け出さないと、ねっ」 美佳は後ろの方を指差しながら、少しおどけて言った。 それから1時間後、車を奪った二人の犯人は幸い死には至らず、 救急車で無事、運ばれた。そして、分離した車の方はまるで刃物で 切ったかのようにすっぱりと切れていて、現場検証に当たった捜査 員は何が起きたのかとしきりに早見に質問した。しかし、早見の方 もただただ知らぬ存ぜぬで押し通すしかなかった。 「よっ、お帰り」 早見はようやく現場検証から解放されて、覆面車で待つ美佳のと ころへ戻ってきた。 「おまえのせいでひどい目にあったぞ」 早見は運転席に座ると、タバコを一服した。 「命を助けてもらって、何言うのよ」 「おまえがあんな無茶しなきゃ、もっとうまく捕まえられたぞ」 「それはどうかな。警察の車に平気で突っ込んでくるような狂った 連中だよ。あのまま、放っておいたら、もっと被害が出たかもしれ ない」 「車があんなじゃ、持ち主は気の毒だ」 「どうせ放っておけば、どこかに激突してたんだから、同じよ」 「おまえは呑気だな」 「激突寸前でハンドル放しちゃうような憶病者よりましよ」 「全く口のへらねえガキだ。それより−−」 早見は突然、真顔になり、美佳の肩をつかんだ。 「何よ」 「あの銃は何だ?」 「あの銃って?」 「とぼけるな。トランザムをまっぷたつにした銃だよ」 「ああ、あれね。どっかいっちゃった」 「ふざけるな、早く見せろ」 「やあよ、今、見せたら、銃刀法違反で逮捕されちゃうもん」 「当たり前だ。あんなばかでかい銃を見逃しておけるか。さあ、出 せ」 早見は美佳の体を触った。 「キャーッ、バカ、変態、スケベ!!」 美佳は思いっきり暴れた。 「いて、こらっ、やめろ」 美佳の蹴りやパンチが次々と早見の顔や腹に入る。 「わ、わかった、やめるから、落ちつけ!」 早見が仕方なく美佳から手を離した。 美佳は服を手で押さえて、早見を睨む。 「もう乱暴しない?」 「乱暴してるのはおまえだろ」 「どうなのよ」 「わかった、しないよ」 早見は溜息をついて、言った。 「銃を見せろとはもう言わん。だが、あの時、使ったことは認める んだな?」 「まあね」 「一体、どうやったら、銃弾で車をまっぷたつに出来るんだ?」 「見てなかったの?」 「見てる暇なんかあるかよ」 「弾丸の形態と大きさを変えたのよ」 「?」 「私の銃は鉛の弾丸ではなく、人間の精神を弾丸にするの。だから 、その威力や大きさ、形態を自由に変えることが出来るのよ」 「バカな、そんな銃がこの世に−−」 「信じなくてもいいわ。でも、私はあの銃でブラックライダーを倒 すわ」 「何……」 「さっき、私があんたに大事なことを言い忘れたって言ったでしょ 。それはあの銃のことよ」 「くくっ」 早見はこらえるようにして笑った。 「何がおかしいのよ」 「おまえがブラックライダーを捕まえるだって。バカも休み休み言 うんだな。警察でさえ3年かかっても捕まえられないんだぞ」 「だったら、あなたが捕まえてよ」 「!!」 「私が囮になるわ。もし奴が現れたら、あなたが捕まえて」 「どうして俺にそんなことを?」 「わからないわ。ただあなたは私を助けてくれたわ。だから、あな たを信じたい。つまらない理由だけど、それだけよ」 「本気で奴と戦う気なのか」 早見の言葉に美佳はゆっくり頷いた。 「死ぬかもしれないんだぞ」 「死なないかもしれないでしょ」 美佳はウインクした。 「困った奴だな。だが、俺は協力できんな」 「どうして?」 「その答えを教えてやろう」 早見はそれきり黙って、車を発進させた。 11 入院患者 それから、30分後、早見はJ大付属病院に車を乗り入れた。 「着いたぞ」 早見は院内の駐車場で、車を止めた。 「病院なんか来て、どうするの?」 「ついてくれば、わかる」 早見はエンジンキーを抜いて、車から降りた。美佳も助手席側か ら車を降りる。 早見は振り向くことなく真っ直ぐ病院の入口の方へ歩いていった 。美佳は何も話してくれない早見に不満があったが、黙って後をつ いていった。 早見は病院に入ると、美佳をその場に待たせて、受付に行った。 そして、数分で戻ってくると、美佳に指で合図して、近くのエレベ ーターに乗り込んだ。エレベーターには早見と美佳以外誰も乗って いない。 早見は6階のボタンを押した。 「6階って、重病患者の病棟でしょ。誰か知り合いでも入院してる の?」 美佳は早見に尋ねたが、早見は何も答えない。 「そろそろ教えてくれたっていいじゃない」 美佳はじれったそうに早見の腕をつかんだ。 「静かにしてろ」 早見は厳しい顔をして、言った。 「何さ、急に恐い顔しちゃって」 美佳は愚痴った。 ポーン! その時、エレベーターが6階についた。ドアが静かに開く。 早見と美佳がエレベーターを降りようとすると、それを待たずに 乗り込もうとする者がいて、二人とぶつかった。 「あっ、失礼」 乗り込もうとした男が早見たちに謝ろうと顔を上げた。 「風間!」 男の顔を見て、早見が声を上げた。 「あっ、早見さん」 男がかしこまる。 「おまえ、見舞いに来てたのか」 「え、ええ」 「どうだ、おまえの方は元気でやってるか?」 「はい。それじゃあ、早見さん、僕は急ぐんで、失礼させていただ きます」 と言って、風間は早見と視線を合わさないようにして、そそくさ とエレベーターに乗ってしまった。 「誰なの?」 エレベーターが行ってから、美佳が早見に尋ねた。 「俺の後輩だ」 「ふうん」 「さあ、こっちだ」 早見は先に廊下を歩き出した。美佳も慌ててついていく。 五つばかり病室のドアの前を通り過ぎ、六つ目の病室のドアの前 で早見は足を止めた。「誰が入院してるの?」 美佳はそう聞きながら、ドアの横の壁に取り付けられたプレート を見た。そこには入院患者の名前が記されている。 「早見景子……早見ってもしかして−−」 美佳が早見の顔を見る。 「−−俺の妹だ」 早見はそっとドアを開け、中に入る。美佳も早見に続いて、静か に入った。 室内は三分の二を半透明なカーテンで仕切られていた。カーテン はなく、部屋は薄暗い。そのカーテンの中からは機械的な呼吸音が 聞こえる。 「あのカーテンの中で妹が寝てる」 「妹さん、病気なの?」 美佳が小声で聞いた。 「いいや、妹は4年前の夏、暴走族にレイプされ、逃げるところを 車にはねられんだ。幸い命は取りとめたが、頭を強く打って植物人 間さ」 「……」 「妹はバイクが好きで、毎年夏になると一人でバイク旅行をしてた んだ。ところが、あの年は旅行から帰る途中、暴走族に捕まっちま った……あいつら、妹を散々いたぶっておきながら、妹が車にはね られると、病院にも知らせず、逃げだしやがったんだ。すぐに知ら せれば、何とかなったかもしれないのに」 早見の言葉は低かったが、所々に力がこもっていた。 「そんなことがあったの……」 美佳は悲しげにカーテンを見つめた。 「さあ、出よう」 早見は美佳と一緒に病室を出た。 「これでわかっただろう、俺が協力できないわけが。俺はブラック ライダーに感謝してるくらいなんだ。腐った暴走族どもを始末して くれてな。俺は奴を逮捕することは出来ない」 早見がそう言った瞬間、美佳は早見をキッと睨み付けて、早見の 頬を平手で打った。 「何するんだ!」 「あんた、刑事でしょ。刑事が人殺しを逮捕しないでどうすんのよ 」 「おまえに俺の気持ちが分かるか!」 「わかるわよ。私はあんたと違って、家族も恋人もみんな失ったん だから」 「……」 「確かに妹さんを犯した暴走族は許せない奴らだわ。でも、殺され ていいってことはないでしょ。ブラックライダーに殺された被害者 の中には妹さんのように純粋にバイクが好きな人だっていたのよ。 暴走族は妹さんの人生を奪ったかもしれないけど、ブラックライダ ーだって被害者の人生を奪っているわ。それを許していいの?」 「そんなこと、俺の知ったことか」 「そう……残念だわ。だったら、私一人でやる。さよなら」 美佳は早見に背を向け、エレベーターの方へ走っていった。 早見はひりひりとする頬を押さえながら、じっと美佳の背中を見 送っていた。 12 対峙 その夜、美佳は一件の酒場に立ち寄った。 そこは暴走族のたまり場として有名なところで、酒場の前には数 十台のオートバイが乱雑に置いてある。中に入ると、耳を覆いたく なるような音楽ががんがんに鳴り響いていた。 ステージではちかちかとする照明の中で、派手な出立のバンドグ ループがロック音楽を演奏し、客席では、10代半ばから後半の少 年たちが自分勝手にがやがや騒ぎながら、酒を飲んでいる。 美佳は地下への階段を下りながら、人を捜すように室内を見回し た。 「彼女、一人で来たの?」 美佳が階段を下りた時、一人の少年が美佳の前に立ちはだかった 。少年は髪を赤く染め、黒いジャケットを着ている。しかし、顔は 恐いが、体格はひ弱である。 「高橋って奴を捜してるんだけど」 「高橋さんに何の用だ」 高橋の名前を出した途端、少年の顔に警戒心が現れた。 「あいつの友達なの」 「ともだちぃ?あんたの名前は?」 「椎野美佳よ」 「ちょっと待ってろ」 少年がカウンターの方へ歩いていった。 しばらくして、一人の男が数名の少年を後ろに引き連れて、美佳 の前にやってきた。その男はリーゼントヘアで浅黒く厳つい顔をし ていた。身長は190センチ近くあり、体格は筋肉質である。 高橋は、田沢の喧嘩相手で、暴走族『ブラックマウンテン』のリ ーダーである。 「久しぶりね」 「田沢の女だな。何しに来た?」 「タキチは殺されたわ」 「殺された、あいつが?へっ、あの野郎もとうとうくたばったか」 高橋は笑った。「いい気味だよ」 「ブラックライダーにやられたのよ」 「ブラック……ライダー」 美佳の言葉に高橋の顔が凍り付いた。 「わざわざ俺にそんなことを言いに来たのか」 「違うわ。あんたに協力してもらいに来たの」 「協力だぁ、何で田沢の女に協力なんかしなきゃならねぇんだ」 「ブラックライダーはあんたたちの敵でしょ。私と一緒に奴を倒さ ない?」 「冗談だろ、あんな殺人鬼、相手に出来るか!」 「でも、倒さなきゃ、この夏はバイクで暴走できないわよ」 「おまえ、知らないのか。奴が現れるのは東京、神奈川、千葉だけ だ。それ以外なら平気なんだよ」 「情けないわね。暴走族ブラックマウンテンがたった一人の殺人鬼 相手に逃げ出すの?」「何だと、てめえ」 高橋が睨みを利かして、突っかかった。 「そんな顔したって、脅しにもならないわ。ブラックライダーから 逃げてるようじゃね」「言わせておけば、てめえ、ぶっ殺すぞ」 高橋は美佳の服の胸ぐらをつかんだ。 「あんたが殺せるのは弱い女、子供だけなの?」 「ちっ」 高橋が美佳の服を放した。「帰んな。おまえに協力するつもりは ねえ」 「高橋さん、こうまで言われて黙ってるんですか。ブラックライダ ーを俺たちでやっつけようぜ」 「そうだ、ブラックライダーを叩き潰そうぜ」 高橋の後ろの少年たちが騒いだ。 「てめえら、黙ってろ!!」 高橋が一喝した。少年たちが静かになる。 「美佳、てめえが何を考えているか知らねえが、俺たちは協力でき ねえ。死んじまったら、おしまいだからな」 「あんたの仲間も殺されたのね?」 「ああ、2年前な。最初は8人。復讐に出て、逆に15人殺された 。それ以来、復讐は諦めた。奴を殺すのは無理だ。いなくなるのを 待つしかねえ」 「わかったわ。どうやら私一人でやるしかないわね」 「よせよせ、殺されるのがおちだぜ」 「それでもやるわ」 美佳は強い口調で言った。 「そんなに命、捨ててえのか」 高橋が向きになって、言った。 「そうよ。私はね、あんたたちがバイクに命かけてるように、田沢 吉行に命かけてたの。だから、あいつを殺したブラックライダーが 許せないのよ」 美佳の言葉に高橋はしばらく沈黙した。 「高橋さん!!」 少年たちが高橋の腕をつかむ。 「やりましょうよ。女が命かけて戦おうって言ってるのに、男が逃 げたんじゃ情けねえよ」 「そうだよ、ブラックライダーは仲間の仇だ。仇を討とうぜ」 「そうだ、そうだ!」 少年たちはすっかりやる気になっている。 「おまえら、本当に命、捨てられるんだな」 高橋が言った。 「ああ、もちろんだ」 「俺だってやるさ」 「ブラックライダーになめられてたまっか」 いつのまにか、店中の少年たちが高橋のもとに集まっていた。 「美佳、さっきの言葉は撤回だ、協力するぜ」 高橋が美佳を見て、言った。 「ありがとう、みんな」 美佳は少し目に涙を浮かべて、嬉しそうに言った。 続く