ファレイヌ2 第25話「ブラックライダー」中編 13 寄り道 午前1時、美佳は自宅のマンションに戻ってきた。 「美佳さん!」 エリナは美佳が帰るなり、すぐに玄関に出迎えた。 「どこへ行ってたんですか。心配したんですよ」 「ナオちゃんはいるの?」 「いいえ。今日は仕事でこちらへは帰らないと言ってました」 「そう」 「奈緒美さんも心配してましたよ、美佳さんのこと」 「わかってるよ、そんなこと」 「さあ、早く上がって。今までどこへ行ってたのか、話してくれま せんか」 エリナは美佳に部屋に入るよう促すが、美佳はエリナの手を振り 払った。 「どうしたんですか」 「悪いけど、時間がないんだ」 「時間がないって?」 「今夜、ブラックライダーを倒しに行く」 美佳は静かに言った。 その言葉にエリナは表情を固くする。 「今、何て……」 「ブラックライダーを倒しに行くの」 美佳は強い口調で言った。 「そんな……危険ですわ」 「危険は承知よ。でも、誰かがやるしかないわ」 「やめて下さい、そんなの!!」 「もう決めたことなの」 「だったら、わたくしも行きますわ」 「エリナが行ったって足手まといよ」 「そんな。わたくしたち、いつも一緒だったじゃないですか」 「それは昔の話よ。エリナ、今のあんたには命が一つしかないでし ょ。無駄に捨てることはないわ」 「それなら美佳さんだって同じじゃないですか」 「私にはファレイヌがあるわ」 「わたくしは絶対反対です」 「そう言うと思ってた。だから、うちには戻りたくなかったんだけ ど、最後にどうしてもエリナの顔が見たくて」 「美佳さん……」 「エリナ、私のことを信じてくれるなら、笑顔で送り出してよ。そ したら、私、必ず奴を倒してここに帰ってくることが出来ると思う の」 「そんなこと言われたって……」 エリナは戸惑いの表情を隠せなかった。 「お願いよ、エリナ」 美佳はエリナの両手を握った。 「美佳さん−−」 エリナは美佳の両手の暖かみを感じながら、しばらく考え込んだ 。 「−−わかりました。でも、約束ですよ。必ず帰って来るって」 エリナは無理に笑顔を作った。 「ありがとう。それじゃあ、また明日」 美佳はそう言うと、玄関を出ていった。 「美佳さん−−」 ドアが閉まると、エリナは急に悲しみが抑えきれなくなり、その 場に座り込んで泣き出してしまった。 14 ブラックライダー登場 午前2時、高橋をリーダーとする暴走族ブラックマウンテンのメ ンバー十数名と美佳が再び酒場の前に集まった。 「人数が減ったわね」 美佳はメンバーを見回して言った。 「これでいいんだよ。わざわざ解散をかけたのは行きたくない奴ま で行かせないためだ。みんな、ブラックライダーの恐さは知ってる 。無理に命を投げ出すことはねえ」 高橋はタバコを吸いながら、言った。 「そうね」 「美佳、さっきも話したが、俺たちはブラックライダーとやり合う 気は全くねえ。俺たちが出来るのはブラックライダーが現れたら、 おまえに居場所を教えてやることだけだ。奴が現れたら、すぐに逃 げる。それでいいな」 「いいわ」 美佳はゆっくり頷いた。 「これからみんなにトランシーバーを一台ずつ配るわ。奴が現れた ら、私に居場所を教えて。彼の言うように決してブラックライダー を相手にしちゃ駄目よ」 美佳はそう言うと、メンバーに一台ずつトランシーバーを配った 。 そして、最後に高橋にトランシーバーを渡した。 「高橋さん、ありがとう」 「別におまえのためにやるわけじゃないぜ」 「わかってる」 「最後に一つ忠告していいか」 「ええ」 「おまえさんの持ってる拳銃でも奴は倒せないと思うぜ」 「そうかもね」 「それでもやるのか」 「もちろん。警察を恐れてたら暴走族なんてやれないでしょ。それ と同じよ」 「なるほどな。よし、250CCのバイクでどこまで奴と張り合え るか、見せてもらうぜ」 高橋は美佳の肩をポンと叩いた。 美佳と高橋たちは全員オートバイに乗った。 高橋は全員に最後の指示を出した。 「おまえら、三台一組で計画した通りのルートを走れ。連絡は三十 分置きだ。制限時間は夜明けまでだ。奴が現れたら、美佳に連絡し て、すぐにバイクを乗り捨てて、逃げろ。無理はするなよ」 「オーッ!!」 メンバーがかけ声を上げる。 「よし、行けぇ!!」 高橋の言葉でオートバイが一斉に車道に出る。 美佳はヘルメットを被り、一番最後に出発した。 −−タキチ、あんたの仇は必ずとるからね 美佳はオートバイで高速道路を走っていた。 既に出発から一時間が過ぎていた。今のところ、ブラックライダ ーの情報は入っていない。 夜間の高速道路はブラックライダーのせいもあって、交通量は非 常に少なかった。ブラックライダーがオートバイしか狙わないと言 われていても、やはりドライバー心理としては車の利用を敬遠する のだろう。たまに走っているのはトラックだけである。 −−夜明けまでは二時間もないわね。果たして奴が現れるかどう か。 その時、オートバイのバックミラーにいくつかの光が見えた。 ちらっと振り向くと、十数台のオートバイと二台のスポーツカー が猛スピードで走ってくる。 ジグザク走行や派手なクラクションを鳴らしているところを見る と、暴走族のようであった。 −−ブラックマウンテンじゃなさそうね 暴走族の二台のオートバイがすぐにスピードを上げて、美佳を両 側から挟み込むように併走してきた。 「よう、姉ちゃん。一人で走っててもつまんねえだろ。俺たちとド ライブしようぜ」 美佳の右側をオートバイで走っていた黄色い髪の16、7の少年 が美佳に声をかけてきた。 「あんたたち、こんなところを走ってると、ブラックライダーに殺 されるわよ」 美佳は大声で言った。 「けっ、ブラックライダーだって。あんなものが恐くて、オートバ イに乗ってられっかよ」 「姉ちゃん、そんなこと言って、本当は俺たちから逃げたいんだろ 。見え見えなんだよ」 美佳の左側をオートバイで走っていた茶髪 の少年が言った。 いつのまにか美佳は暴走族に囲まれていた。 「悪いようにはしないからよ、俺たちと遊ぼうぜ」 黄色い髪の少年が美佳のオートバイに近づいて、美佳の背中を触 る。 「何すんのよ」 美佳は黄色い髪の少年を殴りつけた。 「うあっ」 黄色い髪の少年はバランスを崩して、オートバイから落ちそうに なる。 「このアマ、俺たちに喧嘩売る気だぜ、やっちまえ」 黄色い髪の少年は激怒した。 他の少年たちはすぐに呼応し、美佳に罵声を浴びせる。 バシッ! 茶髪の少年が美佳の背中を鉄棒で叩いた。 「あんたたち、どうかしてるわ」 美佳は茶髪の少年を睨み付けた。 「おい、聞いたか、どうかしてるだってよ」 少年たちは笑った。 「どうせ俺たちはどうかしてるぜ、だから何やっても平気なんだよ 」 茶髪の少年が今度は鉄棒を美佳の頭に向けて振った。 だが、美佳はそれを左手で受けとめた。 「どうやらあんたたちは言葉で言っても通じないみたいね」 美佳は鉄棒を取り上げた。そして、鉄棒で少年のみぞおちを思い っきりついた。 「ぎゃっ」 茶髪の少年がオートバイから転げ落ちた。 「てめえ、何すんだ!」 少年たちの表情が急に殺気立った。 「相手ならいくらでもなってやるわよ」 美佳は首にかけたクロスペンダントを左手で握りしめた。 その時だった。 一発の銃声が轟いたかと思うと、突然美佳の右側を走っていたオ ートバイの少年の頭が砕け散った。 「ブラックライダー……」 美佳の顔から血の気が引いた。 「みんな、逃げるのよ。ブラックライダーが現れたわ」 美佳は大声を上げ、オートバイのスピードを上げた。 「ブラックライダーだって」 暴走族の少年たちの間に動揺が広がった。 パンッ、パンッ、パンッ!! 次々と起こる銃声。その度に少年たちが次々と凶弾に倒れていく 。 暴走族の少年たちはようやくことの重大性に気づいたようだった 。 もう他人のことなど構っていられず、少年たちは個々にオートバ イのスピードを上げ始めた。車の少年たちも倒れた仲間のことなど 気にもとめずに突っ走った。 「畜生、死にたくねえ」 「何でこんなところにくんだよ」 少年たちは泣き言を言った。 パンッ! 少年たちのオートバイの一台に弾丸が命中し、大破した。 「うわあああ」 少年が火に包まれ、オートバイごと道路に転がった。 「後ろであんなに固まられたんじゃ、奴と戦えないわ」 美佳はちらりと振り返った。 後ろで群がって走っている暴走族のヘッドライトでその後ろにい るブラックライダーの姿が全く見えない。 「みんな、こっちにブラックライダーが現れたわ。走行は中止して 」 美佳はトランシーバーで仲間に呼びかけた。 『場所はどこだ』 高橋の声がした。 「言えないわ。あなたたちはとにかく逃げて」 美佳はトランシーバーの通信を切った。 美佳が再び後ろを見ると、既に暴走族はオートバイ三台と車一台 になっていた。 ドーン! 次の瞬間、車の一台が炎上した。 「なんてこと……」 美佳は目をしかめた。 美佳はなす術なくただオートバイは走らせ続けた。 その間にもオートバイの少年がカーブを曲がりきれず高速から下 の道路に落ち、さらにもう一人のオートバイの少年は仲間の少年の 車にはねとばされてしまった。 「よし!」 美佳はオートバイを止めた。 「チェンジ リヴォルバー」 美佳は黄金のクロスペンダントを握りしめた。ペンダントが黄金 銃に変化する。 その時、わずかに残ったオートバイと車に乗った少年たちが美佳 の横を通り過ぎた。 美佳はオートバイの向きを反対に変える。 「ブラックライダー!!」 美佳が闇へ向かって叫んだ。 パンッ!パンッ! 美佳の脇を銃弾が駆け抜ける。 その瞬間、美佳を追い抜いていったオートバイと車が爆発した。 「畜生、食らえ!」 美佳は黄金銃ファレイヌを闇に向かって発砲した。 しかし、その銃弾は闇の中にかき消えてしまう。 「ブラックライダー、私と一対一の勝負よ」 美佳は叫んだ。 その時、美佳の百メートル手前に黒い影が現れた。 その影は美佳と対峙するようにオートバイを止め、じっと美佳の 方を見ている。 「よくもタキチを殺してくれたわね。あんたに復讐してやるわ」 美佳は黄金銃をブラックライダーに向けて構えた。 ブラックライダーのオートバイに青白いヘッドライトが灯った。 エンジン音が全くなく、ブラックライダーのオートバイが美佳に 向かって走り出した。「今度は外さないわよ」 美佳はファレイヌの引き金を引いた。 グォーン! ファレイヌが火を噴く。 光弾は真っ直ぐブラックライダーの額に突き刺さった。 「やった!」 だが、次の瞬間、光弾はブラックライダーを素通りした。 「バカな」 美佳が声を上げた時、ブラックライダーのオートバイはすぐそこ まで迫っていた。 「!!!!」 美佳はブラックライダーのオートバイにはねとばされ、空に上が った。そして、固い路面に体を叩きつけられる。黄金銃が地面に転 がった。 「くそっ、どうして……」 美佳は苦痛に顔をしかめながら、呟いた。 「早く銃を−−」 美佳は必死に力を振り絞って、黄金銃を取ろうと左手を伸ばした 。 だが、そこへブラックライダーのオートバイがターンして美佳の 方へ戻ってくると、美佳の伸ばした左手をひいた。 「ぐあっ」 美佳は悲鳴を上げた。 「負けるかっ」 美佳はそれでも地面をはいながら、前へ進んだ。 ブラックライダーはオートバイを止めると、ゆっくりと美佳の前 に現れた。 美佳は顔を上げる。 ブラックライダーの手にはライフル銃が握られていた。銃口は真 っ直ぐ美佳に向けられている。 「殺すなら殺しなさいよ」 美佳はブラックライダーを睨み付けた。 「……」 ブラックライダーはしばらく美佳を見ていたが、ライフル銃を抱 えると、オートバイに戻り、闇の中へ消え去ってしまった。 「?」 美佳はブラックライダーの不可解な行動に疑問を抱きながらも、 体中の痛みで気を失ってしまった。 15 病院 美佳は薄暗い個室のベッドで目を覚ました。 「ここは−−」 美佳は部屋を見回すと、そこが病院の個室であることがすぐにわ かった。 美佳はすぐに起き上がろうとした。しかし、体が麻痺したように 全く動かない。 「私もしぶといな。生きてたんだ……」 美佳はぽつりと呟いた。 部屋には美佳一人だけだった。 −−今、何時なのかしら。 カーテンの閉まった窓を通しても、今が朝であるのはすぐにわか った。 −−ブラックライダーと戦ってすぐってことはないわよね。そう すると、丸一日、気を失っていたのかしら。 美佳は自分の体を見た。 体中に包帯がしてあり、左腕はギブスで固定されている。 美佳は自分の姿を見ていると、おかしくなってしまった。 −−何か生きてるのが不思議って感じ。今までいろいろな敵と戦 ってきたけど、ここまでボロボロにされたのは初めてだもんね。や っぱり私は人間だったのね。 その時、部屋のドアが静かに開いた。 誰かが中に入ってくる。 「誰?」 美佳は声をかけた。 「起きてたのか」 その声は早見だった。 早見は美佳の枕もとへ歩み寄る。 「無様でしょ。笑ったら?」 美佳は微笑んで、言った。 しかし、早見の表情は重かった。 「そこに座って」 「ああ」 早見はベッドのそばの丸椅子に座った。 「言いたいことあるなら、どうぞ。何言っても、反抗できないから 、安心よ」 「君は大馬鹿者だよ。まともじゃない」 「そうかもね」 「なぜこんなバカなことをした?」 「私、一人でやるって言わなかった?」 「少しは常識でものを考えろ。相手は化け物だぞ」 「別にいいじゃない。あんたにとっては私が死んだ方が好都合なん だから」 「なにっ!」 「早見はブラックライダーに暴走族をどんどん殺して欲しいんでし ょ。よかったじゃない」 「そうだな。おまえなんか死んだ方が俺もこんなに苦しまずに済ん だものな」 「大丈夫」 美佳は静かに言った。 「?」 「私は体が治ったら、もう一度ブラックライダーを倒しに行くから 。その時は死ぬかもしれないよ」 「ふさげるな!」 突然、早見は怒鳴った。 「どうしたの、そんなに怒って?」 美佳は不思議そうな顔で早見を見る。 「おまえ……いや、君はどうしてそんなに死に急ぐんだ?」 「私はただタキチの復讐をしたいだけ。あなたたち警察がやってく れないなら、私がやるしかないでしょ」 「俺がどんなにやめろって言ってもやるのか」 早見はじっと美佳を見つめた。 「ええ……」 「わかった。その代わり、今度、奴をやる時は俺にも手伝わせろ」 「早見−−」 「いいな、絶対だぞ」 早見はそう言うと、椅子を立った。 その時、エリナが病室に入ってきた。 「あ、あなたは−−」 エリナは早見を見て、驚いた様子で言った。 「美佳が起きたぜ」 早見はエリナにそう言って、病室を出ていった。 「み、美佳さん、生き返ったんですか」 エリナは美佳のベッドに駆け寄って、言った。 「失礼ね。生き返ったって、一度も死んでないわよ、私は」 美佳はムッとした顔で言った。 「そ、そうですね。でも、よかったですわ」 エリナは喜んだ。 「約束守れなくてごめんね」 「そうですよ、ちゃんと家に戻ってくるって言ったのに。でも、今 回は特別に許してあげますわ」 「ねえ、エリナ、ちょっと聞いていい?」 「なんですか」 「今、何時なのかな」 「午前九時ですわ」 「それじゃあ、丸一日寝てたのかぁ……」 「いいえ、二日です」 「二日!そんなに寝てたの?」 「はい。だから、わたくしも心配だったんですよ」 「そう……」 美佳は考え込んだ。 「高橋さんには感謝して下さいね」 「え?」 「高橋さんがすぐに駆けつけてくれたおかげで、美佳さんは助かっ たんですよ」 「そうだったの」 「それから、美佳さんの近くにいた暴走族の人たちはみんな亡くな ったそうです」 「でしょうね」 「一体、何があったのか話してもらえますか」 「ブラックライダーと対決しただけのことよ」 美佳は簡単に高速道路での出来事を話した。 「ファレイヌが効かなかったんですか?」 「うん」 「それって幽霊ってことですか?」 「違うわ。幽霊ならはねられたりしないもの」 「そうですね……あっ、そういえば、これ」 エリナはポケットから黄金のクロスペンダントを取り出した。 「ファレイヌじゃない」 「高橋さんが拾っておいてくれたんです」 「そう、あの人には大きな借り、作っちゃったな」 美佳は心の中で高橋に感謝した。 「これに懲りて、もうバカなことはしないで下さいよ」 「悪いけど、奴を倒すまで諦めないわよ」 「美佳さん!」 エリナの顔が強張った。 「どうして美佳さんはいつもそうなんですか。わたくしの気持ちな んか全然わかってない」 エリナは美佳を両手でぽかぽかと叩いた。 「ちょっとエリナ、落ちついて。あたし、けが人なんだからぁ!! 」 16 過去 美佳の病室を出た早見は、その足で上の階にある妹の病室を訪ね ることにした。 早見が景子の病室の近くまで来た時、ちょうど景子の病室のドア が開いて、誰かが出てきた。 それは早見の後輩の風間慎一であった。 彼は早見の5才年下で早見と所轄が違うが、同じ刑事である。 「風間……」 「早見さん」 風間は早見に気づいて、言った。 「おまえ、毎日来てるのか」 「……」 風間は黙っていた。 「ちょうどいい、少し俺につき合えよ」 「しかし、僕は仕事がありますから」 「妹の見舞いに行く時間はあって、俺と話す時間はないのか」 「い、いいえ、そんなことは。わかりました」 早見は病院を出て、近くの喫茶店で風間と話すことにした。 簡単に注文を済ませた後、早見は話を切りだした。 「景子の兄として言うが、景子のことはもう忘れたらどうだ」 「……」 風間はじっと俯いている。 「景子はおまえがいくら見舞いに行ったところでもう元には戻らな いんだぞ」 「景子さんは僕の婚約者です」 風間は静かに言った。 「それは事件に遭う前の話だ。あの事件を境に景子は死んだ。いや 、死んだも同然だ」 「それは違います」 風間は顔を上げた。「景子さんは生きています。今でも病室に行 くと、彼女は僕に話しかけてくれます。風間さん、私を助けてって 」 「それはおまえの思いこみだ。いいか、風間、景子は植物人間なん だ。もう二度と目を開けることはないんだ」 「先輩は景子さんを愛していらっしゃらないんですね」 「何っ」 「景子さんは必死に戦ってるんです。生きよう生きようとしている んですよ、どうしてそれがわからないんですか」 「悪いが、俺はおまえの精神論につきあう気はない。だが、一つだ け言っておく。妹のことは忘れろ。おまえは刑事として多くの人間 を守らなきゃいけない立場なんだぞ、そんなおまえが永遠に振り向 くことのない一人の女に振り回されてどうする」 「お言葉ですが、女一人を救ってやれないで、どうして多くの人間 を救えるでしょうか。そういえば、先輩は多少の犠牲も犯罪者の検 挙のためにはやもえないという考え方でしたね。しかし、そんなや り方で犯罪がなくなりましたか。組織を壊滅させることでかえって 下の統制がなくなり、かえって犯罪が増えてしまっています」 「犯罪はむしろ目に見える形の方がいいんだよ。検挙しやすいから な」 「恐ろしい人ですね、先輩は。景子さんは僕にいつも言ってました よ。先輩が暴力団を壊滅させる度に子分が自分たち家族に仕返しに 来るんじゃないかってね。景子さんは先輩のそばにいたら、暴走族 に襲われるまでもなく、遅かれ早かれこんな目に遭っていましたよ 」 「おまえが今までそんな風に俺のことを考えていたとはな。わかっ た、もう勝手にしろ」 早見は席を立つと、奪うようにレシートを 取ってカウンターの方へ歩いていった。 17 難問 「うーん、やっぱりそうじゃないな、うー、こうでもないわね」 美佳はそばにエリナがついているにも関わらず、ぶつぶつ呟きな がら、一人で考え事をしていた。もう時計は正午を回っている 「美佳さん、そのうなり声、耳障りですわ」 椅子に座って本を読んでいたエリナは文句を言った。 「だったら、帰ればいいでしょ」 「わたくしが目を離すと、またどこかへ行ってしまいますからね、 美佳さんは」 「こんな状態でいけるわけないでしょ」 美佳は体中に包帯が巻かれてベッドから動けないことをアピール した。 「わかりませんよ、美佳さんのことですからね」 エリナは全然美佳を信用していない。 「ちぇっ」 「それより、美佳さん、さっきから何を悩んでるんですか」 「決まってるでしょ、ブラックライダーのことよ」 「まだそんなこと言ってるんですか、あまり気にすると禿げますよ 」 「禿げたっていいわよ、奴を倒す方法が見つかるんなら」 「二つの謎は解けたんですか」 「全然。どうして奴にファレイヌが効かなかったのか、どうして奴 は私に銃口まで向けながら、私を殺さなかったのか。この二つは最 大の謎よ」 「そんなに悩むほどのことはないと思いますけど」 「エリナはわかるの?」 「わかるわけではないですけど、単純に考えてはどうですか」 「というと?」 「ファレイヌがブラックライダーに効かなかったのは、ブラックラ イダーが幽体もしくは透明な体を持っていたからではないですか」 「じゃあ、どうやって私をはねたのよ。第一、奴が幽体ならライフ ル銃だって人に当たっても害はないはずよ」 「その時は実体だったんですよ、きっと」 「え?」 美佳がエリナを見る。「つまりこういうこと?ブラックライダー は実体と幽体を自由に使い分けることが出来ると」 「単純に考えると、そうかもしれませんね」 「そ、そうか。科学的とか非科学的とかはこの際抜きにして、単純 に考えるとそう考えるのが一番ね」 美佳は感心して頷いた。「じゃあさ、奴はどうして私を殺さなか ったの?」 「そうですねぇ−−」 エリナは少し考えて「美佳さんが暴走族ではなかったからではな いですか」 「ちょっと、それは変よ。それだったら、奴は何で私をバイクでは ねたのよ」 「それは美佳さんが発砲したから。わたくし、美佳さんが二度とも ブラックライダーから逃れられたのは偶然ではないと思うんです。 最初の時は田沢君のことを一撃で殺すことが出来たくらいですから 、その気になれば美佳さんを殺すことは出来たと思いますし、二度 目の時にしても、美佳さんにちょっかいを出していた暴走族は全員 殺されて、美佳さんだけはライフルで狙撃されなかったでしょう」 「そう言われれば、そうねぇ」 「わたくし、奈緒美さんから資料もらって過去の事件のこと調べて みたんですけど、ブラックライダーに直接殺されたのはオートバイ に乗った少年もしくは暴走族の一員ばかりなんです。他の方は一人 もいません。つまり、ブラックライダーは暴走族か暴走族でないか を判断して、殺しているってことではないでしょうか」 「タキチは暴走族じゃないわ」 「以前はそうだったでしょう」 「それは−−」 「これはまあわたくしの推測ですけどね」 「でも、エリナの推理が正しければ、奴は私をもてあそんだってこ とになるわね。許せないわ」 「もてあそんだという表現はどうかと思いますけど、脅かしたとい う感じはありますね」「いずれにしてもエリナの推理を確認しなく ちゃいけないわね」 「な、何言ってるんですか、美佳さん」 エリナは驚く。 「エリナ、包帯取ってくれる」 「駄目です、そんなの。1カ月は安静が必要なんですから」 「1カ月もしたら、ブラックライダーはいなくなっちゃうわ」 「来年があるじゃないですか」 「そんなに待てるわけないでしょ。今、包帯取ってくれなきゃ、夜 、病院脱走しちゃうから」 「美佳さん……」 エリナは困った顔をした。 「行かせてあげたら」 その時、病室の入口で声がした。 「え?」 エリナが声の方を見ると、いつのまにか奈緒美が立っていた。 「奈緒美さん」 「悪いけど、話は聞かせてもらったわ」 「立ち聞きなんて趣味悪ーい」 美佳が言った。 「病室に入ろうとしたら、あんたのでかい声が聞こえて来たのよ」 「でかいはよけいよ」 「奈緒美さん、話を聞いてたのなら、美佳さんを止めてあげて下さ いよ」 「ほっときなさい。エリナだってわかってるでしょ。この子はやる と言ったら、何言ったって聞かないんだから」 「そうそう、ナオちゃんわかってるじゃん」 美佳はご機嫌になる。 「その代わり、私とエリナも付き添いよ」 「な、何言ってんのよ」 「こんな面白いこと、美佳一人でやらせるなんてずるいと思わない 」 奈緒美はエリナに目配せする。 「そうですね」 エリナも頷く。 「あのね、これは危険なのよ」 「美佳に出来ること、私たちに出来ないわけないわよね、エリナ」 「はい」 エリナと奈緒美はすっかり意気投合している。 「あんたたち、いつからそんなに仲良しになったのよ」 美佳はエリナと奈緒美を見て、恨めしそうに言った。 続く