ファレイヌ2 第26話「ブラックライダー」中編 18 侵入者 「うーっ、うーっ」 その夜、美佳は病室のベッドでうなされていた。もとい、うなさ れていたのではなく、唸っていた。 「誰か、外して、いたーい、腕がちぎれるぅ!」 美佳は部屋の中でわめいたが、誰も来ない。 「畜生、エリナの奴、覚えてろよぉ」 美佳が大声を上げるのも無理はなかった。美佳はベッドごと体を ロープで縛られていたのである。もちろん、美佳が深夜に病院を脱 走しないようにというエリナの優しい配慮であった。 −−エリナの奴、何もこんなにきつく結ばなくてもいいのになぁ 。看護婦さんも看護婦さんよ、普通けが人をこんな状態にしたら、 いけないことぐらいわかってるはずなのに、ナオちゃんの言葉を真 に受けちゃって。 「美佳は夜中になると、凶暴になるから、美佳が何を言っても絶対 にロープを外さないで下さい」 看護婦さんに言ったあのナオちゃんの言葉。ぜってぇ許せない。 私をなんだと思ってるのよ。ちょーむかついた。もうこうなった ら、寝てやるわ。エリナともナオちゃんとも絶対、口きかないんだ から。 美佳は真っ暗な病室で一人延々愚痴っていた。 しかし、午後11時を過ぎると、朝からハイな気分になっていた 美佳もいいかげん疲れてきたのか、急に眠くなってきた。 「あらひは……ぜったい……ここを……れるんらから…むにゃむに ゃ」 美佳は小さな寝息をたてて、眠ってしまった。 午前0時。 美佳の病室のドアが静かに開いた。 黒い人影が室内に侵入する。 美佳はもうほとんど熟睡状態で、人影に気づく様子は全くない。 影はゆっくりと美佳のベッドに歩み寄った。 影はコートのポケットから、銀色に光るナイフを取り出した。刃 の鋭いサバイバルナイフである。 影はペンシルライトで美佳の顔を照らし、美佳の眠っているのを 確かめると、右手のナイフを振り上げ、美佳の胸に向かって振り下 ろそうとした。 がしっ! だが、次の瞬間、背後から来たもう一つの影が影の右手首を掴ん だ。 新たな影は殺し屋の影の右手をひねって、後ろへねじ上げ、ナイ フを奪い取った。しかし、殺し屋の影も負けじと新たな影の手を振 りほどき、新たな影の方に向きなおって、つかみかかった。 かくして影と影との格闘になった。 狭い室内で起こる激しい物音に美佳はふっと目を覚ました。 「な、なに」 美佳は影と影が殴り合いをしているのがすぐにわかった。 「ちょっと何やってんのよ、人がぐっすり寝てんのに!」 美佳は自分が命を狙われたことも知らず、影に文句を言った。 「誰か来て、誰かぁ!!」 美佳は大声を上げた。 その声に影の一つが病室を逃げ出した。 後にはもう一つの影が残った。 その影が部屋の電気のスイッチを入れた。ぱっと室内が明るくな る。 「早見さん!」 美佳は目の前の男を見て、声をあげた。 「何よ、こんな夜遅くに」 「君を殺そうとした奴を捕まえようとしたんだ」 「え?」 「君は狙われたんだよ、たった今ね。俺が来なかったら、今頃ナイ フを突き刺されてあの世行きだ」 「そ、そうだったの?」 美佳はまだ事態が飲み込めていない。 「どうかしたんですか」 その時、看護婦が病室に駆けつけてきた。 「彼女を殺そうとする奴が現れたんです」 早見は警察手帳を見せて、言った。 「早見、犯人を追わないでいいの?」 「ああ。奴の正体は分かってる。前回は逃げられたが、今度は奴に 手傷を負わせた。その傷を確かめれば、今度は逮捕できる」 「前回って、私に薬をかがせた奴と同じ人物なの?」 「そうだ」 「誰なの、それ?」 「これから逮捕に行く」 「私も連れてってよ」 「おまえはけが人だ。おとなしく寝てろ」 「もう大丈夫よ。無茶しなければ歩けるわ」 美佳は頼み込んだ。 「看護婦さん、どうなんだ、彼女は」 早見は看護婦に聞いた。 「とんでもない、外出なんて。骨折はしてませんけど、全身打撲な んですよ」 「だそうだ、諦めな」 「いやよ、そんなの。早見、お願い」 美佳の目は真剣そのものだった。 早見は少し考え込んだが、美佳のベッドに歩み寄り、美佳を巻き 付けていたロープをナイフで切った。 「早見……」 「俺の背中に乗れ」 「うん」 美佳は早見の背中におぶさった。 「ちょっと刑事さん、無茶です」 看護婦が止める。 「看護婦さん、患者の意思は少なからず尊重するものだぜ」 早見はそう言うと、美佳をおぶって病室を出ていった。 19 侵入者の正体 病室の廊下には血痕が点々と残されていた。 「奴は恐らく景子の病室だ」 早見は廊下を早足に歩きながら、言った。 「どういうこと?」 美佳が聞く。 「あの傷を負ったことで奴は自分が逃げられないことを知ったはず だ。だとすれば、最後に行く場所はそこしかない」 早見はエレベーターに乗って6階に出た。 そして、廊下の右側にある六つ目の病室の前に来た。以前、美佳 の訪れた早見の妹、景子の部屋だ。 血痕は早見の言うようにこのドアの前で途切れていた。 早見はその場所で美佳を下ろすと、美佳を壁の横にやり、自分は ドアのノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けた。 「来るなっ!」 病室の奥で鋭い声がした。 病室の奥には黒い覆面をした男が立っていた。男は早見に向かっ てピストルを構えていた。 「もうおまえの逃げ場はない、風間」 早見は低い声で言った。 「風間って、確か早見の後輩の−−」 美佳が早見を見ると、早見は小さく頷いた。 「わかってたんですか」 風間は覆面を取った。 「うすうすな。3年前からおまえはブラックライダー事件がある都 度に管轄でもないのに、被害者の収容された病院を訪れていた。最 初は気にもとめなかったが、ブラックライダー事件で奇跡的に助か った被害者がなぜかその後、変死する事件が何件かあった。その死 に方はブラックライダーとは全く違う手口の殺し方だ。俺が独自に 捜査を進めていくうちにおまえらしい男の影がそれぞれの被害者の まわりで浮かび上がってきたんだ」 「それじゃあ、ずっと僕をマークしていたんですね」 「ああ」 「やはりあなたは恐ろしい人だ」 風間は息をついた。 「一体、何人殺したの?」 美佳が早見に聞いた。 「恐らく16人」 「16人も」 「19人です。僕が現場に駆けつけた時、まだ生きていた被害者を 隠れて始末したこともありました」 風間は落ちついた声で言った。 「ひどい、あんたそれでも人間なの!」 美佳が声をあげた。 「おまえは黙ってろ」 早見は美佳を押さえた。 「風間、なぜこんなバカなことをした?」 「なぜ……ですか。それは愛のためですよ」 「愛?」 「先輩、今朝、僕は喫茶店で言いましたよね。先輩は多少の犠牲を 払っても犯罪者の検挙のためにはやもえないという考え方だと。僕 も同じですよ。愛する人のためなら何人でも殺す」 「おまえ、何言ってるんだ」 「先輩のような人間には一生かかってもわかりませんよ」 「なにっ」 早見が歩み寄ろうとした。 「おっと動かないで下さい」 風間は銃口を早見に向けた。 「もう逃げ切れないぞ」 「逃げる気はありませんよ。もうお手伝いできないのは残念ですけ ど、景子さんより先に天国へ行きます」 風間はそう言うと、拳銃の銃口を自分のこめかみにあてた。 「やめろ、風間!」 早見が駆け寄った。 パンッ! その瞬間、風間の拳銃の引き金が引かれた。 風間は頭から血を流し、その場に倒れた。 「なんてことだ。美佳、医者を呼んでくる」 早見は病室を飛び出した。 美佳は病室を覗き込み、倒れた風間を見た。 「何が天国よ、あれだけ殺しといて。それにお手伝いって……お手 伝い?」 美佳は言葉を切って、考え込んだ。 20 思い出 それから3時間後、早見は美佳の病室を訪ねた。 美佳は暗がりの部屋で一人ベッドに座っていた。 「まだ起きてたのか」 早見は部屋の電気を点けて言った。 「あんなことがあった後で寝られないよ」 「そうだな」 早見は美佳の隣に座った。 「風間さんは?」 「すぐに手術したが、手遅れだった」 「そう」 「君にとっては奴が死んでくれてよかっただろうが、俺にしてみれ ば奴を何とか助けたかった。あいつは景子がこんなことにならなけ れば、半年後に景子と結婚するはずたったんだ」 「婚約者だったんだ」 「ああ。あいつは刑事として優秀だったし、俺も弟のようにかわい がっていたんだ。あいつがあんな犯行に及んだのもわかる気がする よ」 早見は自嘲気味に言った。 「……」 美佳は早見を見る。 「−−恐らく風間は俺と同じように暴走族を憎み、いつしかブラッ クライダーが殺しそこなった相手を自分が始末することで自分の生 き甲斐を見いだすようになったんだろうな」「早見は風間さんが人 を殺すのを黙認してたの?」 「バカな、奴がはっきり犯人だとわかれば逮捕してたさ」 「本当にそう?」 「本当にそうさ」 「それならいいけど」 美佳は黙り込んだ。 「じゃあ、俺は帰るぞ。早く寝ろよ」 早見はベッドから腰を上げた。 「早見」 「ん?」 「私、復讐はやめるよ」 「え?」 「思い出したんだ。私の友達にね、ジェシカって言う子がいるの。 彼女はね、幼い時に殺された父親の復讐のために15年も私を捜し 続けたの。そして、自分の命を懸けて私を殺そうとしたわ。けど、 結局それは勘違いとわかって彼女とは友達になれたの。でも、その 時には彼女、大事な15年間を無駄にしてしまったばかりか彼女の 慕っていた執事までも失ってしまったのよ。復讐なんて結局自己満 足を得るために自分を傷つけているに過ぎないんだよね」 「ブラックライダーを倒すのはやめるのか?」 「ううん、奴を倒すのはやめないわ。でも、それは復讐のためじゃ ない。これ以上の犠牲者を出さないためにやりたいの。それは警察 の仕事かもしれないけど、刑事の早見が投げ出したんなら、私がや ってもいいでしょ」 「美佳−−」 「どうせ死ぬんなら復讐のために戦うより正義のために戦った方が かっこいいもんね」 美佳は微笑んだ。 早見は美佳の笑顔を見て、忘れていた妹の笑顔を思い出した。 「俺も正義のために戦ってみるかな」 「早見は根が不純そうだから無理じゃない?」 「不純で悪かったな。とっとと寝ろよ」 早見はムッとして病室を出ていった。 「おやすみ、早見」 美佳は静かに閉じたドアを見つめて呟いた。 21 作戦 数日後、美佳の病室でブラックライダー打倒のための作戦会議が 開かれた。 メンバーは椎野美佳、エリナ、牧田奈緒美、早見、高橋の5人で ある。 「みんな、集まってくれてありがとう。でも、これは本当に命がけ だからね、もし抜けるんなら今のうちよ」 美佳は4人の顔を見回して、言った。 「俺はまだおまえとの約束は果たしてないからな。抜けるつもりは ないぜ」 高橋が言った。 「わたくしはどこまでも美佳さんについて行きますわ」 とエリナ。 「俺は昨日、言ったとおりだ」 と早見。 「私はまあ事後処理担当ってことで、怪我のない程度に」 奈緒美が苦笑して、言った。 「何か一人だけ怪しいけど、まあいいわ。一応、私の計画をまず聞 いて」 美佳はメモを見ながら、話し始めた。「まずブラックライダーを 見つける方法としては、あちらから現れるのを待つしかないわ。つ まり、こっちから見つけるのは不可能ってことね。ただ奴は暴走族 が走っていると、必ず殺しに現れるから、そこにつけ込めばチャン スはあるわ」 「つけ込むって言いますと?」 エリナが尋ねた。 「おとりを使っておびき寄せるんだろ」 と早見。 「そういうこと。恐らく前回の事件で、暴走族は都内の道路を走る ことはないと思うけど、ナオちゃんには警告放送と道路封鎖をお願 いしたいの?」 「警告放送は出来るけど、道路封鎖は難しいわよ」 「道路封鎖って言っても、高速環状線に通じる高速道路の三百メー トルくらいの直線距離でいいの」 「高速環状線って、高速道路を利用する気なの?」 「当然でしょ。相手はブラックライダーよ、安全速度でなんか走っ てられないわ」 「わかった。何とか交渉してみるわ」 「じゃあ、それはナオちゃん、頼んだわね。場所は後で言うから。 それでおとりの話に戻るけど」 「それなら、俺がやる」 早見が言った。 「悪いけど、早見じゃ駄目だわ」 「駄目とはどういうことだ。俺は腕にだって自信がある」 「腕の問題じゃないわ。奴はこれまで暴走族だけを確実に狙ってき たわ。だから、格好だけ真似ても現れる確立は低いと思うの」 「奴をおびき寄せるのは俺たちブラックマウンテンがやるよ」 高橋が言った。 「それが一番でもあるんだけど、一番危険でもあるのよね」 美佳は考え込んだ。 「別にためらうことはねえ、俺たちはやるって言ってんだ」 「生きて帰れるかわからないわよ、本当に」 「だが、俺たちしかやる奴はいねえんだろ。任せなよ」 「そうね、わかったわ。高橋さんたちにはこの首都高速環状線を奴 が現れるまで延々走っていて欲しいの」 美佳は地図で場所を指し示した。「そして、奴が現れたら、まだ 決まってないけど道路封鎖をした直線道路に奴をおびき寄せて」 「おびき寄せてどうすんだ?」 「私が待ち伏せして奴を倒す」 「倒すって方法でもあるのか。前ははねられちまったんだろ」 「これはエリナの推測なんだけど、奴は実体と幽体の間を自由に行 き来出来るの。だから、実体の時に奴の体に弾丸を撃ち込めれば、 倒すことは可能だと思うの」 「どうやって実体と幽体を区別するんだ?外見じゃ判断できないだ ろ」 「その辺は考えてあるわ。後はエリナの推測が正しいことを祈るだ け」 「ちょっと待ってくれ。それじゃあ、俺の出番がないぜ」 早見が慌てて言った。 「早見はもしもの時のキープよ?」 「キープ?」 「私が死んだら、ブラックライダーを倒す人がいないでしょ」 「バカ言うな、おまえが死んだら、奴を倒せる者なんていねえよ」 「わかったわ。だったら、早見には一つ、やってもらいたいがある の?」 「何でも言ってくれ」 「それじゃあ言うけど、計画実行の日、早見景子さんの病室を一晩 中監視して」 「なにっ、どういうことだ、そりゃ」 「言葉の通りよ。彼女がブラックライダーの可能性があるわ」 「何をバカなことを。妹は植物人間なんだぞ」 「早見、風間が景子さんの病室で言った言葉、覚えてる?」 「ああ」 「彼は死に際にもうお手伝いできないのは残念ですけど、景子さん より先に天国へ行きますって言ったわ」 「そんなこと言ってたな」 「それって変だと思わない?なぜ彼はお手伝いなんて丁寧な言い方 をしたの?ブラックライダーに対してだったらそんな言葉使わない んじゃない?」 「何が言いたいんだ」 「つまり、あの丁寧語は景子さんに対してのものよ。景子さんはブ ラックライダーなのよ」 「何だって!」 美佳の言葉には早見だけでなく、エリナや奈緒美たちも驚きを隠 せなかった。 「景子さんがブラックライダーなら、風間がなぜブラックライダー の事後処理のような殺人を繰り返したのか納得できるわ。彼は景子 さんがブラックライダーであることを知っていたのよ」 「ふざけるな!絵空事もいいかげんにしろ!どこにそんな証拠があ るんだ」 「証拠はこれから捜すの。だから、早見に頼んでるのよ」 「お断りだね。そんなくだらないことにつきあってられるか。俺は 帰らせてもらうぜ」 早見は病室を出ようとした。 「早見、あんたが断ったら、エリナに代わりをやらせるわよ」 「何だと」 早見は振り返った。 「あなたが妹を信じるんなら、自分で妹の容疑を晴らしてみなさい よ。それが実の兄妹でしょ」 「くっ、わかったよ、やればいいんだろ。だが、もし妹が無実なら 、おまえでもただじゃおかないぞ」 「その時はどうぞご勝手に」 「計画の日は後で知らせてくれ……」 早見はそう言い残して、病室を出ていった。 「美佳さん、いくら何でもあんまりじゃないですか」 「いいのよ、自分の思ってることを素直に言えなきゃ、信頼関係な んて生まれないでしょ。早見だって、きっとわかってくれるよ」 「……」 エリナは黙って美佳を見つめた。 「ところで、美佳、エリナには何をやらせるの?」 「エリナにはナオちゃんと一緒に舞台作りをやってもらうわ」 「舞台作り?」 「そうよ、当日はブラックライダーを最高の舞台でもてなしてあげ なきゃ」 美佳は目を輝かせて言った。エリナたちには美佳の考えは全くわ からなかった。 22 作戦前 作戦決行の日−− 奈緒美の尽力で首都高速環状線から首都高速*号線へ抜ける約5 00メートルの道路を午後11時から午前4時までの5時間、封鎖 することに成功した。 午後10時30分、美佳たちはパーキングエリアの駐車場で最後 の打ち合わせをした。「いよいよ30分後に決行よ」 美佳はメンバーたちを見回した。 美佳はまだ怪我が癒えないため、体中に包帯をし、歩くのにも松 葉杖をついている。 「ブラックマウンテンのメンバーは6人ね」 「ああ。右から竜二、哲夫、伸也、安弘、浩だ」 高橋は5人の仲間を紹介した。「こいつらはメンバーの中でも最 も腕の立つライダーだ」 「みんな、よろしくね」 美佳が挨拶した。 少年たちはむすっとした顔で黙っている。 「怒ってんのかな」 「気にすんな。こいつらは挨拶が嫌いなんだ」 「計画の方はわかってるわね」 「ああ。ブラックライダーが現れたら、あんたのとこまでおびき寄 せればいいんだろ」 「そうよ。タイムリミットは午前4時まで。それまでに奴が現れな かったら、計画は中止よ。もし奴が現れたら、レシーバーで連絡し て。こっちも準備するから」 「質問していいか」 「どうぞ」 「もし美佳んところにおびき寄せる前に俺たちが全滅したらどうす んだ?」 「その時は私が現場まで行って奴を倒すわ。でも、そうならないよ うに努力して」 「わかった」 「高橋さん、気をつけてね」 「おまえもな」 美佳と高橋は握手をかわした。 「よし、いくぞ」 高橋はオートバイに乗ると、仲間を率いて、車道に出た。 「さて、私たちも出発するわよ」 美佳は高橋たちのオートバイを見送った後、エリナに声をかけた 。 「こんな体で本当にやるんですか」 エリナは心配そうに言った。 「ファレイヌを撃つだけなら、怪我は関係ないわ」 「わたくしは今、ブラックライダーが現れないことを祈ってますわ 」 「多分、それは無理ね。奴は必ず現れるわ」 「どうしてですか」 「ブラックライダーは私に止めてもらいたがってる。そんな気がす るの」 「止めてもらいたがってるって?」 「前の対決の時、奴は私に対してライフル銃を使わずにオートバイ で突っ込んできたわ。その時、感じたの。奴は私に対して勝負を挑 んできてるってね。私を殺さなかったのも、多分私にチャンスを与 えれくれたんだと思うんだ」 「そんなこと、考えられませんわ」 「まあ、奴が現れれば、答えははっきりするわ」 美佳は遠くを見つめた。 「美佳、行くわよ」 車で待っていた牧田奈緒美が美佳のところへやってきた。 「うん」 美佳は自分を奮い立たせるように力強く返事をした。 同じ頃、早見はJ大付属病院にいた。 美佳との約束通り早見は景子の病室の前に来ていた。 「そろそろか」 早見は腕時計を見た。 美佳の計画では、ブラックライダーが現れると、美佳から早見の 携帯電話に連絡が入ることになっており、それを受けて早見が景子 の病室に入り、景子の状態を確認するというものだった。 「景子がブラックライダーなんて、どこをどう考えたらそんな考え が出てくんだ」 早見は腹立ち紛れに壁を蹴った。 しかし、早見の心はそれくらいでは晴れなかった。 自分の妹がブラックライダー−−この4年間、一度として早見は そんなことを考えたことがなかった。いや、考える方がどうかして いるだろう。合理的に考えたら、脳死状態の人間が夏の一時期に限 ってブラックライダーとなり、暴走族を襲うなどという考えには到 底行き着かない。このような発想はオカルト的であり、恐怖話とし ては面白いが、現実的にこのようなことを口にしたら、世間からか えって変人扱いされるだけである。 早見にとってみれば、景子の病室の監視など本来ならばかばかし くてやっていてられないところだが、不思議な黄金銃の力を見せて くれた美佳の言葉だけに頭から美佳の言葉を否定することは出来な かった。 −−もし景子がブラックライダーだとしたら、これまでどうやっ て警察の追跡をくぐり抜けて、暴走族たちを殺してきたんだ。いく ら景子がバイクの運転がうまくたって、警察の検問を突破すること は不可能なはずだ。 早見は考え込んだ。しかし、いくら考えても答えは出てこない。 「待つしかないのか……」 早見は腕時計を見た。既に作戦開始の10分前に迫っていた。 23 ブラックライダー、再度現る 午後11時、美佳の作戦が決行された。 高橋を先頭とする6人のオートバイグループがエンジン音をふか したり、ジグザク走行などの暴走行為を繰り返しながら、高速を疾 走する。 この日ばかりは奈緒美の手回しで、警察も彼らの暴走行為を見逃 すことになっていた。「サツを気にせずに走り回れるなんて最高だ ぜ」 竜二が大声を上げた。 「こんなことなら、他の奴も連れてくりゃよかったぜ」 哲夫が言った。 「おまえら、こいつは遊びじゃねえんだぞ」 高橋が後ろを走る仲間に注意した。 「しっかしよう、あんな女にブラックライダーがやれんのかよ。俺 たちでやった方がいいんじゃねえか」 伸也が大声で言った。 「バカ言うな。俺たちの仕事は美佳のところまで奴を引っ張ってく ることだ。よけいなこと、考えるなよ」 「−−だってよ」 伸也が隣を走る安弘に言った。 それから、高橋たちオートバイグループは1時間ばかり高速を8 0キロを超えるスピードで走っていた。 その日も高速道路はがらがらにすいていた。これもブラックライ ダー事件の影響である。 「高橋さん!」 しばらくして、安弘が前に出て、先頭の高橋に声をかけた。 高橋はその声にオートバイのスピードを少し落とした。 「どうした?」 「もう1時間以上たつぜ、いつんなったら現れんだよ」 「もう音を上げたのか」 「そうじゃねえけど、なんか退屈でよ。やっぱりこういうのはもっ とたくさんで走らねえと盛りあがんねぇんだよな」 「我慢しろ、今日だけだ」 「ちぇっ」 安弘が高橋の後ろに戻った。 ちょうどその時、オートバイグループの最後を走っていた伸也と 浩が話をしていた。 「なあ、こいつが何だかわかるか」 伸也はポケットから黒いものを取り出して、見せた。 「それ拳銃じゃねえか」 浩が驚く。 「そうだよ。前にイラン人から7万で買ったんだ。あぶねえからず っとしまっておいたけど、今日なら使ったってかまわねえだろ。こ いつでブラックライダーの土手っ腹に穴開けてやるぜ」 「そんなことしたら、高橋さんに怒られるぜ」 「じゃあ、浩はあんな女にブラックライダーが倒せるっていうのか よ」 「いや、それは俺もわかんねえけどよ」 かくして30分が過ぎた時、20台近い暴走グループが猛スピー ドで高橋のグループに近づいてきた。 「よお、高橋!」 暴走グループのリーダーらしい男が先頭の高橋に声をかけた。 「長崎!」 「おまえ、ブラックライダーをやるんだって。俺たちも協力するぜ 」 「バカいうな、俺たちはおとりだ」 「おとり?何、肝っ玉のちいせえこと言ってんだよ。奴を倒しちま おうぜ」 長崎の率いる暴走グループは皆鉄棒やチェーン等で武装していた 。 「帰んな、奴はまともじゃない。ライフル銃だって持ってんだ」 「なぁに、ライフル銃なら、俺だって持ってるさ」 長崎は背中に差したライフル銃を指で示した。 「ちっ、勝手にしろ!」 高橋が構わずオートバイのスピードを上げた。 その時だった。 突然、暴走グループの後方のオートバイが何の前触れもなく大破 した。 「何があった?」 長崎が後ろを見る。 「ブラックライダーだ!」 後ろから声が上がった。 「来たか!」 「高橋、奴の始末は俺に任せな。おまえらは先に行け」 長崎が真顔で言った。 「わかった」 高橋のグループは長崎のグループよりスピードを上げた。 「美佳、奴が現れた。そっちまで時間にして20分だ」 高橋がヘルメットに取り付けたマイクで美佳に連絡を取った。 『了解。生き延びてよ』 美佳から声が飛んだ。 「おまえら、振り向くなよ。真っ直ぐ目的地へ向けて突っ走れ」 高橋は仲間に大声で指示した。 その時、長崎の暴走グループはブラックライダーと死闘を演じる こととなった。 「ぐあっ」 グループの後方の少年が頭を撃ち抜かれた。オートバイは死んだ 少年を乗せたまま、数十メートル走り続けた。 「兄貴、全く見えねえよ。どっから撃ってくんのか」 少年が悲鳴に近い声をあげた。 「畜生!」 長崎は険しい顔になった。 さらにその時、別の少年の乗ったオートバイのタイヤが破裂し、 オートバイが少年を乗せたままスピンして地面に転がった。 わずか1分足らずで3人の少年が死んだ。 長崎は後方を見たが、ブラックライダーの姿は全く見えなかった 。 「おまえら、バイクを止めろ。逃げてたんじゃ、奴の思うつぼだ」 長崎は自分のオートバイを止め、大声を上げた。 しかし、恐怖に駆られる少年たちは長崎の命令に従わず、長崎を 追い抜いて、走り去ってしまう。 「憶病者が!」 長崎はオートバイに乗ったまま、背中のライフル銃を手に取ると 、ブラックライダーのいる方向へ構えた。 「さあ、来やがれ」 長崎はライフル銃の標準を睨み付けた。 遥か遠くの闇の中から青白いヘッドライトが現れる。 ヘッドライトはものすごいスピードで長崎に迫ってくる。 「死ねや!」 長崎はライフルの引き金を引いた。 銃声が闇に轟く。 しかし、命中した様子はない。 「くそっ」 長崎はライフルのボルトハンドルをひき、次弾を装填した。 「!!!」 しかし、長崎が次にライフルを構えようとした時、ブラックライ ダーのオートバイが目前に迫っていた。 ぐわしゃっ! 次の瞬間、ブラックライダーのオートバイが長崎のオートバイに 突っ込んだ。 ブラックライダーは長崎の体ごとオートバイをまっぷたつに引き 裂き、そのまま突っ切っていく。 後には無惨な残骸と血にまみれた肉片だけが残った。 続く