ファレイヌ2 第28話「挑戦」前編 登場人物 椎野美佳 声優。黄金銃ファレイヌの所有者 エリナ・レイ 美佳のマネージャー 三野愛子 声優。高校生で美佳の後輩。 深沢ゆうき 元水晶のファレイヌ、ナタリー。現、高校生 ソフィー 元亜鉛のファレイヌ。 鷹森史郎 殺し屋 早見祐二 刑事 プロローグ 深夜、人気のないはずのビルの建築現場で一人の男が十数人のや くざたちにリンチにあっていた。 「もう勘弁してくれ」 リンチの標的にされた男は地面に頭をつけて、土下座をした。 「勘弁しろだと、ふざけんなっ!!」 やくざの一人が男を蹴り上げた。 男は吹っ飛ばされて、仰向けに倒れる。 男の背広は既に散々地面に転がされ、蹴られたせいで泥だらけで あった。 「お願いだ、助けてくれ……」 男はか細い声を上げた。 男はもう息をするのがやっとの状態であった。 既に顔の辺りはあざを通り越して、大きく腫れ上がっていた。 「助けて……か。赤宮さんよ、そいつは虫がよくねえか。てめえは 仲間を置いて、一人だけ逃げたんだぜ」 「わ、わたしがあの女にかなうわけがないじゃないか……」 「それなら、なぜすぐ組に知らせに戻らなかった?なぜ俺たちから 逃げたんだよ」 「そ、それは……」 赤宮啓吾は震えた声で言った。 「自分だけ助かりたかったんだろ。組に知らせれば、てめえは責任 をとらなきゃならなくなるからなぁ」 「わたしは……ただの探偵だ。何でこんな目に……」 「てめえは首領の前で黄金銃を手に入れると大見得を切ったんだ。 失敗して、ただで済むわけねえだろっ!」 やくざは赤宮の腹に強烈な蹴りを入れた。 「うあっ」 赤宮は腹を押さえて、丸くなる。 「てめえには捕まった仲間の分、償ってもらうぜ」 やくざは懐から小刀を取り出した。 「な、何をする気だ……」 赤宮はすっかり怯えていた。 「指をもらうんだよ」 やくざは当たり前のような顔をして言った。 「や、やめてくれ」 赤宮は腰を引きずりながら後ずさった。 「おまえら、両手を押さえろ」 やくざの命令で他のやくざが男の両手両足を押さえる。 「うわあ、やめてくれぇ!」 赤宮はもがいた。しかし、もう抵抗するだけの力はなかった。 「両手両足の小指をもらうぜ」 やくざは最初に赤宮の右手を地面に押さえつけた。そして、小刀 を赤宮の小指にあてる。 「何でもするから、それだけはやめてくれぇーー」 赤宮は最後の力を振り絞って、叫んだ。 「騒いだって、もう遅いんだよ」 やくざが小刀に力を入れようとした。 その時だった。 「そこまでにしとけ!!」 という太い男の声がやくざの背後で飛んだ。 やくざが後ろを向く。 「鷹森さん」 そこには髪を青く染めたぼさぼさ髪の男が立っていた。男は身長 190センチ前後のガッチリとした体格で、トレンチ・コートを着 ていた。 「赤宮と言ったな、その女、そんなにすごいのか」 鷹森は赤宮を見下ろして、言った。 「は、はい、あの女−−椎野美佳は化け物です」 「ほお、この黒豹と呼ばれたこの俺とどっちが強い」 「そ、それは−−」 赤宮は口ごもった。 「気の利かない奴だ」 鷹森は地面に落ちていた銀縁の眼鏡を拾った。 「これはおまえのか」 「はい……」 鷹森はその赤宮の答えを聞いて、眼鏡を握りつぶした。 「おまえ、死ねや」 鷹森はコートのポケットから拳銃を抜くと、赤宮に向けて発砲し た。 「うがぁっ」 赤宮はカッと目を見開くと、こくんと首を横に垂れた。 赤宮の額には血が流れている。 「熊野」 「へい」 やくざが返事をする。 「死体、処分しとけ」 鷹森はそう言うと、建築現場から去っていった。 1 番組収録 9月のある曇り空の午後、椎野美佳は渋谷RBスタジオでラジオ 東京の深夜番組『相木美佳の今夜もラブリーナイト』の収録を行っ ていた。この番組はゲストもなければ、ラジオドラマのコーナーも なく、アニメソングと美佳のしゃべりだけの30分番組である。番 組開始当初は半年で潰れると美佳も思っていたが、根強い人気でも う3年あまり続いている。 さて、美佳のマネージャーであるエリナ・レイは美佳の番組収録 中はいつも控え室の方で番組スタッフの人たちと話をして、時間を 潰している。 エリナという名前に番組スタッフの者は、どうして日本人なのに 外人名なのだろうと噂していたものだが、最近ではほとんど気にす る者はいない。むしろ、エリナの人柄やマネージャーとしての実力 を評価し、美佳に仕事を回してくれたりする。その割に美佳とエリ ナが貧乏なのは、ひとえに美佳の実力不足が原因である。 「先輩、遅いなぁ」 三野愛子は掛け時計を見ながら、呟いた。 愛子は凌雲高校に通う2年生で、某俳優養成所で声優の勉強を続 ける女の子。声優としての経験は1年だが、アニメ番組のレギュラ ーを一本持っている。 「もうすぐですよ」 エリナは落ちついた口調で言った。 「もうすぐってもう2時間だよ。せっかく遊びに来たのに」 愛子は不満顔で言った。 「今日は二本どりですから」 「えっ、いつも一本じゃなかった?」 「来週、北海道へ行くんですよ」 「北海道……いいなぁ、北海道のどこへ行くの?」 「室蘭です」 「ふうん。観光旅行?」 「テレビの仕事です」 「いいなぁ、あたしも行きたいなぁ」 「愛子さんは学校があるでしょ」 「学校なんて卒業できればいいのよ。今日だって午後の授業、さぼ ってきたんだし」 「そうだったんですか。学校はちゃんと行かなきゃ駄目ですよ」 「大丈夫。先輩だって学校、あんまり行ってなかったけど、卒業で きたんでしょ」 愛子は気楽に言う。 「仕方ないですねぇ……」 エリナはため息をついた。 愛子は楽観的という点では美佳と似ている。 コンコン その時、ドアがノックされて、開いた。 「エリナさん、いますか」 入ってきた番組スタッフの男が室内を見回した。 「はい」 エリナが返事をして、席を立った。 「あっ、エリナさん。美佳ちゃんから、少し遅れるから、先に帰っ ててくれって伝言頼まれたんだけど」 「収録が長引いているんですか?」 「いや、収録の方は10分ぐらい前に終わったよ」 「それじゃあ、美佳さんは?」 「廊下で待っていた男と出てったよ」 「男?どんな方ですか」 「さあ、誰だかわからないけど、美佳ちゃんはよく知っている様子 だったよ」 「そうですか……」 エリナは考え込んだ。 「それじゃあ、僕は行くよ」 「ああ、どうもありがとうございました」 スタッフの男は部屋を出ていった。 「ねえ、エリナさん。椎野さん、いないんですか?」 愛子がもどかしそうに尋ねた。 「ええ、誰かと出かけてしまったみたいですね」 「誰かって?」 「わかりません」 「そんなぁ、せっかく待ってたのにぃ!あたしの立場はどうなるの よ」 愛子が文句を言った。 「それはわたくしも同じですわ!」 エリナが強い口調で言った。 「そ、そうだね」 愛子はエリナの言葉に圧倒されてしまった。 2 黒崎という男 その頃、美佳はRBスタジオから少し離れた歩道橋の上で男と話 していた。 「仕事場にまで来て、何の用なの?」 美佳は迷惑そうな口調で言った。 「久しぶりに会ったのにつれない言い方だね」 早見祐二はライターでタバコに火をつけてから、言った。 早見はD警察署の刑事である。 「怪我の心配でもして欲しいわけ?」 「そういうわけじゃないがね」 「それなら、さっさと用件を言って」 「君の銃を狙ってる奴の正体が分かった」 「本当に?誰なの?」 「黒崎剛次と言う男だ」 「悪そうな名前ね。でも、聞いたことがあるな。はて、誰だったか しら」 美佳は考え込む。 「LCP(政党の略称)の国会議員だ」 「そうだ、思い出した。前の首相で、100名以上の議員を抱える 黒崎派のリーダーなのよね。新聞で見たことあるわ」 「表向きはな」 「表向き?」 「俺に言わせれば奴は麻薬王だ」 「うそぉ」 美佳は目を丸くする。「何でそんな人が議員やってるのよ」 「理由は簡単さ。第一に奴が麻薬王だとする証拠が何もない。第二 に奴を麻薬王だと思っているのは世間では俺だけということだ」 「何それ。それじゃあ、単なる妬みってこと?」 「バカ言え。妬みで人を犯罪者扱いするか。黒崎が麻薬や武器取引 に絡んでいるという事実は過去に何度かつかんだが、いつももみ消 されちまうんだ」 「もみ消されると言うと?」 「例えば、情報提供者や証人が殺されたり、証拠がなくなっちまう ってことさ」 「それじゃあ、黒崎は絶対逮捕されないじゃない。警察は何やって んのよ」 「自分の職場の悪口は言いたくないが、警察は黒崎の意のままだね 」 「警察が黒崎に味方してるって言うの?」 「その通り。特に幹部クラスはほとんど黒崎の言いなりだ。だから 、俺たちがどれだけ極秘に調べても、全て情報は黒崎に流れてしま う」 「許せないわね、それって」 「君が怒ったところで、奴はびくともしないさ」 「それって、黒崎を誉めてるわけ?」 「いや、それだけ大物だと言うことさ」 「あっそう、わかったわ。要するに、早見は今度、その黒崎の手下 が来たら、おとなしく銃を差し出せって言いたいのね」 「そうだと言ったら?」 早見は美佳を見る。 「お断り。奴等が何人来ようが、私は負けないわ」 「甘いな」 「甘い?」 「奴と戦うには全てのものを捨てなきゃ駄目だ。それが出来るか。 奴と戦えば、君の相棒のエリナも危険になる」 早見は真剣な表情で言った。 「うふふふ」 しかし、美佳は笑い出した。 「何がおかしいんだ」 「早見は言ってることが変だよ。この間の半導体密輸を阻止した事 件も、その前の麻薬密輸の事件も全て黒崎が裏で手を引いてる事件 なんだろ。だから、警察ではなく私の力を借りた。違う?」 「ああ、そうだ」 「だとすると、早見は私に黒崎と戦うなと言いながら、一方では私 と黒崎を戦わせていたってことにならない?」 「これまでは俺が全面に出てたからよかった。しかし、君の存在が 奴等に知られてしまった以上−−」 「へえ、随分虫のいいこと言うのね。私のことを心配する気がある なら、最初から私に仕事をたのまなきゃよかったのよ。今更、心配 するなんて遅いわ」 「そうかもしれないな」 早見は歩道橋の手すりに両ひじをついて、景色を見た。「君を危 険に巻き込んでおきながら、今になってこんなこというなんてな」 「私ね」 美佳は空を見上げた。 「ん?」 早見が美佳を見る。 「私ね、早見のこと、好きよ」 「え?」 早見はくわえていたタバコを落とした。 「友達としてね」 美佳は悪戯っぽく笑って言った。「驚いた?」 「ベ、別に」 早見は表情を隠そうと、違う方を向いた。 「あんたってさ、根性は腐ってるけど、正義感は人一倍強いものね 。私は自分の生き方を通せる人にはすごく憧れちゃうの。自分がそ ういう生き方を出来ないからね」 「美佳……」 「こうなることはある程度覚悟してたから、早見は気にすることな いよ。私は自分もエリナも守ってみせるから」 「君は強いな……」 「見かけ倒しだよ。さて、帰るかな、エリナも心配してることだろ うし」 美佳はそう言って、階段の方へ歩いていった。 3 刺客 「エリナさん、せっかくだし、お昼食べていこうよぉ」 RBスタジオのビルを出たところで愛子がエリナに言った。 「そんなこと言って、本当はおごってもらおうと思ってるんでしょ う」 「大当たり」 「調子いいですね。それじゃあ、どこかでお昼を取りましょう」 「やったあ」 愛子がはしゃいだ。 「すみません」 その時、誰かが後ろからエリナたちに声をかけた。 「はい?」 二人が振り返ると、そこにはコートを着て、サングラスをかけた 大柄の男が立っていた。 「まことに申し訳ないのですが、わたくし、椎野美佳さんのファン でして、サインを頂きたいのですが」 男は色紙とマジックを差しだした。 「あの失礼ですけど、こういうところでサインは−−」 エリナが断ろうとすると、 「いいですよ」 といって愛子が男から色紙とマジックを受け取った。 「愛子さん」 「別にいいじゃない、ファンは大事にしなきゃ。私、先輩のサイン の真似、上手なんだよ」 愛子が小声で言った。 「……」 エリナは渋い顔をした。 「お名前、何て言うんですか」 愛子がサインを書きながら、言った。 「鷹森史郎や」 男が低い声でそう言うと、ポケットに手を入れた。 −−!!! その時、エリナはとっさに愛子を突き飛ばした。 パンッ!! それと同時に鷹森のコートのポケットに穴が開き、実弾が発射さ れた。 弾丸は愛子に命中せず、後ろのビルの壁面に当たった。 「ちっ、なぜわかった?」 「美佳さんのファンなら、椎野ではなく芸名の相木で呼ぶはずです わ」 「ふん、今日のところはここまでにしてやるぜ」 鷹森はそう言うと、身を翻して、逃げた。 「愛子さん、大丈夫ですか」 エリナは尻餅を付いた愛子を立たせた。 「ひどいよぉ、せっかくサイン書いてたのにぃ」 全く狙われた自覚のない愛子はエリナに対して真面目に怒ってい た。 4 不意打ち 「あいっぺが狙われた?」 その夜、自宅のアパートで、ビル街での出来事をエリナから聞か された美佳は驚きの声を上げた。 「狙われたのは美佳さんですわ」 「どういうこと?」 「相手は美佳さんと勘違いして、愛子さんを撃ったんです」 エリナはさらに詳しく事情を話した。 「なるほど。エリナのとっさの判断であいっぺが助かったのか。エ リナ、ナーイス」 「何、のうてんきなこと言ってるんですか。殺し屋が美佳さんを狙 ってきたんですよ」 「狙われるのは毎度のことよ」 「でも、鷹森史郎と名乗ったあの殺し屋、ただ者じゃない気がしま す」 「大丈夫よ。私はこれまで人間以上の敵だって倒してきたんだから 。人間なら平気、平気」 「今日は変に強気ですね。何かあったんですか。そういえば、番組 の収録の後、誰と会ってたんですか」 「早見よ」 「またあの刑事さんですか」 エリナは渋い顔をした。「また仕事を頼まれたんですか」 「退院の挨拶に来ただけよ」 「それならいいですけど」 「それより、早く夕食にしてよ。お腹、減っちゃった」 「はい……」 エリナは立ち上がって、台所への方へ行った。 「それにしても−−」 美佳は居間で一人になってから、考え込んだ。 −−もし鷹森という男が私を狙ったのだとしたら、鷹森は早見の 言っていた黒崎が送った刺客なのかしら。でも、黒崎は私の銃を狙 ってるんだから、いきなり殺しに来るというのも変よね。うーん、 だとしたら、鷹森は何で私の命を狙ったのかしら。さっぱりわかん ないわ。とにかく、明日、早見と会って、鷹森のことを聞くしかな いわね。 美佳は自分なりの結論を頭の中でまとめた。 ピルルル、ピルルル−− その時、電話が鳴った。 美佳は電話の受話器を取った。 「はい、もしもし」 『椎野美佳さんはおりますか』 受話器から太い男の声が聞こえた。 「わたしですけど、どちらさまですか」 『俺か、俺は鷹森史郎や』 「鷹森……。もしかして、昼間、私を狙った…」 『そういうことや』 「私に何か恨みでもあるわけ?」 『恨みはない。俺の目的はおまえさんの持ってる黄金銃や』 「黄金銃……まさか、あなた、この間、静岡で私たちを狙った連中 の仲間?」 『そういうことや』 「銃は絶対渡さないわよ」 『ふん、いつまでそう言ってられるかな。まあ、昼間のわびにプレ ゼントでも贈るわ。もらってくれ』 そう言って、鷹森からの電話が切れた。 「プレゼント?」 美佳は受話器を置いた。 その時、突然、居間の窓ガラスが割れ、何かが室内に投げ込まれ た。 「手榴弾!!」 美佳は床に転がったものを見て、目を見張った。 「エリナ、逃げて!」 美佳は叫んだ。 「え?」 台所のエリナが振り向く。 −−このままじゃ間に合わないわ 美佳は一か八か手榴弾の上からクッションをかぶせ、その上に自 分が飛び乗った。 ボンッ! クッションの下で手榴弾が爆発した。 美佳の体がクッションと共に一瞬、浮き上がる。 「美佳さん、何があったんですか」 エリナが居間に入ってきた。 「ちっきしょう!!」 美佳は立ち上がると、窓を開けて、ベランダに飛び出した。 3階のベランダから下を覗くと、アパート前の路上にバイクに乗 った男がいた。 男は美佳を見て、軽く手を挙げると、そのままバイクに乗って走 り去った。 「美佳さん!」 居間でエリナの大きな声がした。 「何よ」 美佳が居間に戻った。 「何ですか、この穴は」 エリナは床に開いた穴を見て、怒った口調で言った。 「手榴弾が爆発したのよ」 「何てことするんですか、部屋の中でそんなもの爆発させるなんて 」 「私じゃないわよ。鷹森よ、鷹森」 飲み込みの悪いエリナに美佳は思わず怒鳴ってしまった。 5 鷹森という男 翌朝、美佳はD警察署の麻薬捜査課を訪ねた。 ここは早見の在籍する課である。 「何だ君は?」 強引に部屋に入ってきた美佳の前に刑事が立ちふさがった。 「早見、いる?」 美佳の表情はいつになく不機嫌であった。 「呼び捨てとは随分失礼だな。君は誰なんだ?」 「私の名前を聞きたいんなら、あんたが先に名乗ったらどう?」 「何だと!」 刑事が思わず声を張り上げた時、麻薬捜査課に早見が入ってきた 。 「おはようっす−−あれ、美佳じゃないか」 「知り合いなのか」 刑事が不機嫌そうに聞いた。 「まあ、そんなところですよ。どうした、今日は?」 「ちょっと来て」 美佳は強引に早見の手を引っ張って、廊下に連れ出した。 「どうしたんだよ、いつもなら誘ったって警察署に来ないくせに」 「緊急事態よ」 「緊急事態?」 「早見、鷹森史郎って男、知ってる?」 美佳は単刀直入に聞いた。 「鷹森−−」 美佳の言葉に早見の顔が真剣になった。 「知ってるのね」 「ああ。美佳、屋上へ行こう」 早見は美佳を警察署の屋上へ連れていった。 屋上には早見と美佳以外は誰もいなかった。 「なぜ鷹森のこと、知ってるんだ。昨日はそんなこと、一言も言わ なかったじゃないか」 早見は尋ねた。 「昨日、私とあんたが話をしている時に、エリナと一緒にいた私の 友達が私と間違えられて殺されそうになったの。それから、その夜 もアパートに手榴弾を投げつけられたわ。その二度とも、奴は犯行 前に鷹森史郎と名乗ったのよ。二度目は電話でだったけどね」 「それで無事だったのか」 「死んでたら、ここへは来ないわよ」 「いや、エリナ君やその友達だよ」 「二人なら無傷よ。どうやら二回の襲撃とも本気ではなかったみた いね。本当に殺す気なら、多分出来たと思うから」 「だろうな」 「奴は一体、何者なの?」 「殺し屋さ。黒崎おかかえのな」 「やっぱり黒崎がらみなのね」 「鷹森は元傭兵で、その昔、世界各地の紛争地域を渡り歩いていた 男だ。ベトナム戦争では北ベトナム側についてアメリカ兵を何百人 も殺したこともある。奴はとにかく人を殺すのが好きで、人が殺せ るなら軍にもゲリラにも味方に付く。まさに生きた殺人マシンだな 」 「そんな男がどうして黒崎の部下になっているの?」 「奴は戦力として普通の兵の十倍以上の働きをするが、敵ならば女 であろうと子供であろうと誰彼構わず殺すから、どの国からも毛嫌 いされ、お払い箱にされたのさ」 「ひどい奴ね」 「しかし、そんな鷹森に唯一黒崎だけが手をさしのべた。10年前 、フィリピンで喧嘩相手を殺し、刑務所に入れられていた鷹森を黒 崎は大枚はたいて、釈放させている。それ以来、鷹森はずっと黒崎 の部下さ」 「もしかして昨日、早見が言ってた黒崎を有罪に追い込む証人を殺 してる奴って鷹森のこと?」 「ああ、恐らくな」 「そこまでわかっているなら、どうして警察は鷹森を逮捕できない の?」 「死んだからさ」 「死んだ?」 「世間的には死んだことになっている。俺はそうは思っていないが ね」 「どういうこと?」 「7年前のことだ。一度だけ鷹森を逮捕したことがあったんだ。当 時、黒崎にはウォーターブリッジ建設に関連して大手の建設会社か ら賄賂を受け取っていたという疑惑があったんだ。それを警察が黒 崎の元運転手を説得して、黒崎と建設会社社長との密会の事実を証 言させることに成功した。ところが、それからすぐ元運転手が何者 かに殺された。警察ではすぐに現場の目撃証言から鷹森に目を付け 、強引に逮捕し、鷹森に殺人を自白させたんだ。ところが、裁判に 入る前に奴は拘置所から脱獄。そして、一人の刑事を殺すと、Y岬 で自殺を図った」 「死体は見つかったの?」 「いいや。ただ奴の衣服や靴が見つかった」 「それじゃあ、死んだかどうかわからないじゃない」 「目撃者がいたんだ。鷹森が飛び降りるのを見たって言うね。最も その目撃者はそれから3年後に失踪してしまった」 「すると、鷹森が生きている可能性は十分にあるわけね」 「ああ。そして、今でも黒崎の部下である可能性も十分にある。も ちろん、その当時とは顔は変えているだろうがな」 「早見って、随分鷹森に関して詳しいのね。どうして?」 「さっき、鷹森は自殺の前に一人の刑事を殺したって言っただろ」 「ええ」 「それは俺の親父だ」 「早見のお父さん?」 「親父は黒崎の収賄疑惑をずっと追っていたんだ。鷹森を逮捕した のだって、親父の執念のたまものだった。それだけに黒崎にとって は邪魔者だったんだろうな。それからさ、俺が黒崎逮捕に執念を燃 やすようになったのは」 「そう……早見が暴力団潰しに執着するのにはそんなわけがあった のね」 「このことは内緒だぜ」 「うん。でも、今までそんなことやってて、早見もよく狙われなか ったわね」 「狙われたことは何度もあるよ。運良く生きてるだけでね」 「恐いと思ったことないの?」 「ないね。奴が俺にちょっかいをだしてくるということは、それだ け俺を恐れてるってことだからな。むしろ、光栄なことだ」 「ふうん。やっぱりあんた、変わってるね」 「それはお互い様だよ。それより、これからどうする気だ」 「黒崎の家に一気に乗り込むってのは?」 「乗り込んだって、手出しは出来ないぜ」 「じゃあ、鷹森をとっつかまえて、自分が鷹森だってことを吐かせ るのは?そうすれば、黒崎逮捕に一歩近づくんじゃない?」 「奴はプロだ。まともに戦ったら、君に勝ち目はない」 「早見は私の力を見くびってるわけ?」 「ファレイヌの実力は認めるが、ファレイヌがなければ君はただの 女だ」 「ただの女……」 「そうさ。もし奴と正面からの勝負なら君にも勝ち目はある。しか し、昨日のように不意打ちを喰らったら、ひとたまりもないだろう 」 「そうかもね」 「昨日も言ったが、黒崎に銃を渡し、君はエリナとどこか遠くへ逃 げるんだな」 「やあなこった」 「美佳−−俺は本気で言ってるんだぞ」 「気持ちだけ大事に受け取っておくわ。情報、ありがとう」 美佳はそう言うと、昇降口の方へ歩いていった。 続く